第13話

 キリルが刀を抜いた瞬間、ミナミは右手を振りかざし、拳で思い切り地面を叩きつける。

 ミナミの周囲が無数の小さな地割れを起こし、大きな揺れが僕たちの足元を襲う。

 膝をつくと目の前に影。辺りに刺さっている無数の灰色の岩を引き抜き、投げつけてきている。

 まだかなりの距離があるにもかかわらず、飛翔する大きな塊は一直線に飛んできた。当たったらひとたまりもない。


 「ICE・1アイス・ワン!!!」


 キリルがよろけながらも前に出て、身を呈する。体は一瞬にして堅い氷の鎧に包まれた。

ガンガンと岩が当たっては砕ける。僕はその後ろで縮こまっているだけだった。

 このままではいけない。なんとかしてこの戦いは鎮めないと。一端引いて距離をとるために、足に力を入れる。靴が光るよりもはやく、ミナミはキリルと僕の間に割って入っていた。


 「ハッ!」


 ブンと振り回される腕を、すんででバックステップで避ける。腕が鼻の先を通り抜け、あまりのパワーに、当たってもないのに脳が揺れる。平衡感覚を失い、めまいに襲われる。

 飛翔物が止んだことで動けぬ鎧を脱ぎ去ったキリルが、ミナミの後ろから斬り付ける。まるで後ろに目が付いているかのように刀を両手で受け止めるミナミ。


 「やるなァ……!」


 「……ッ!」


 しかし彼女が掴んだ刀は氷の刃。流石の鬼もすぐさま手を放し、距離をとろうと後ろに下がる。

 遠距離の攻撃の手が無いキリルは間合いを取らせまいと僕を跨いですぐさま詰め寄り、二の刀を振るう。横に薙ぎ払われた刀の軌道はまさしく、ミナミの胴を捉えていた。


 ガン!!!


 その場で地団駄を踏むミナミ。先ほどは遠方で行われた大地のうねりが足元で起こった。

 刀の軌道は維持できず、明後日の方向へ。その場で立っていることできず、僕とキリルは勢いよく転がされた。地面が割れ、足場もろくに無くなっている。


 「そぉら!」


 遊ばれているかのようにまとめて蹴っ飛ばされる2人。痛みに悶えるより先に、嘘みたいに飛んでいく体が受け身を取ろうと動く。頭から着地しないよう無我夢中で空を蹴ると、体の向きが変わった。

 おそらく靴の魔法の効果だろう。それに加えて運よく背の高いススキの群生した茂みに突っ込んだので、2人とも致命傷にはならなった。

 

 「こりゃァ、歯が立たねえなァ」


 こちらに向かって歩いてくる彼女は、僕たちを弄んでいるようだった。真面目に戦っている様子でもなく、それでもキリルの戦闘力が通じる様子もなかった。やはり人間というより魔族だ。村の人々の言っていたことは正しかったのだ。

 だが、これで確信した。彼女は僕たちをとって食べる気はないらしい。そうであればこんな距離を取らせて、逃げる隙ができるほどにふっ飛ばさないはずだ。

 普通の人間相手なら走って追いつく自信があるかもしれないが、キリルは氷を纏う刀を使っており、さらに周囲を凍らせる超常的な能力を見せている。そんな何をしてくるかわからない相手に対して、逃げられかねない程に遠くまで蹴り飛ばすなんて、捕食が目的であれば考えずらい。

 

 「キリル、作戦がある」


 ゴロゴロと空に雷が走り、風も強くなっていった。

 豪雨の中、頭一個分伸びた角を持った鬼のシルエットが、ズカズカと歩いてくる。

 足止めさえできればいいのだが、キリル1人では接近戦中、納刀する余裕はないだろう。抜刀していて尚歯が立たないのだから。


 「いいだろう。ただ、俺はお前がそこまで動けるとは思えねェ」


 「やってみなきゃわかんねえよ!」


 走り出す2人。正直死ぬほど怖いけど、勝算は高い。震える足が速度を落とさないよう、歯を食いしばる。

 接近すると、ミナミは再び足を上げて地面を強打しようとした。僕は隙ができないよう、とっさに前へ跳ぶ。

 一瞬でミナミの手の届かない程度の後方まで移動し、揺れを滞空時間で回避する。キリルは氷を纏い、振動から身を守っていた。再び着地する足に力を入れると、すんなり足は地面にすいつき、ほとんど衝撃もなくつぎの跳躍に備えられた。

 振り返り、再び足に力を入れる。跳び蹴りするような形で、ミナミの方へ跳ぶ。ミナミは跳んでくる僕に合わせて拳を振るってきた。

 ギリギリまで引き付けて空中で横に跳ぶ。ミナミの拳は空を切り、さらに僕は空を蹴って軌道を修正し、再びミナミを側面から蹴るモーションをとる。

 ミナミは空中で自在に動き回っている僕に驚きの表情を浮かべていた。普通の人間が空を飛んでいるようなものだから当然だ。

 しかし、彼女は的確に僕の挙動に反応してきた。軌道の変わった蹴りを先ほど振った腕と反対の腕でガードする。鉄の靴底で腕を蹴ったのだがものともせず、空中で勢いを失った僕を頭突きで地面に叩き落とす。


 「がァッ!」


 口の中に血の味が染み渡る。けれどもここが踏ん張りどころだ。相手は僕の能力をはっきりとわかっていないはずだ。それは僕も同じだけども。

 僕は痛みに耐えながら、力いっぱい足を振り上げる。一方、ミナミは後ろに立つキリルと僕の対処をどうするかの対応に迫られる。

 僕が空中戦を行っている間、キリルの接近は完了しており、納刀したままミナミの背後に立っていた。再び挟み込む形。しかし、今回はキリルと僕の両方が、ミナミに攻撃を仕掛けているように見える。しかも、僕の攻撃のほうが早急に対処しなければならないよう見せかけている。


 「よいしょぉ!」


 僕のほうに向いたまま地団駄を踏むミナミだったが、今回は同じ結果ではなかった。キリルの刀斬撃のために抜刀されておらず、鞘に納められていた。妖刀『|ICE・9≪アイス・ナイン≫』は辺りを凍らせる。それは当然、接近していたミナミを巻き込み、キリルとミナミは氷の彫刻となった。

 振り上げた足で空を蹴って距離を取った僕は氷漬けにならずに済んだ。ギリギリ足が降り降ろされる前に凍ったので、凍った体が割れる、といった事故も起きなかった。


 作戦はいたってシンプル。僕が注意を惹きつけ、キリルが後ろから凍らせる。いくつか障害が予想されたけど、なんとかなってよかった。

 納刀がトリガーだとわかっていても、今まさに攻撃を繰り出そうとする相手と背後で納刀している相手であれば自然とこちらを警戒する、という賭けは成功だった。

 もしもキリルの魔法を警戒して攻撃していたら、僕の貧弱な蹴りが鬼に効くとは思えない。そのまま捻り倒されていただろう。


 「ふぅ、なんとかなった」


 氷に閉じ込められたミナミは美しかった。

 やはりこうしてみると人間の血のほうが多く通っていそうだ。戦闘中そうは思えなかったが、外見は角がついてるだけの人間。透き通るような白い肌が氷のなめらかな光の反射によって一層際立って見えた。

 乱れた呼吸を落ち着かせる。確かキリルは氷漬けになっても意思が残っていて、視覚・聴覚は生きていた。だから、この状態になっても話はできるはずだ。返事は期待できないけど。


 「僕たちは来たのはあなたを退治するためでも、西の山に入るためでも、ここにいる鬼と人間の仲を取り持つためでもありません。あなたを旅のお供にしようと、参りました」

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