ミナミ・リュカは鬼である

第10話

 「お……鬼!? そんなわけないだろ!」


 彼女は確かに鬼と言った。6畳ほどの部屋で向かい合った女性がだ。「O-NI」だ。  

 僕の住んでいた村に「鬼」なんてものはいなかったし、御伽噺にも聞いたことも無かった。多分キリルがそれを聞いてもポカンとするだけだろう。

 けれども僕は知っている。桃太郎にやっつけられた鬼、泣いた赤鬼、地獄の門番である鬼。彼女の角は、まさに元の世界の伝承に伝わる「鬼」の象徴だった。

 こちらの世界に来てから言語の壁はほとんどなかったが、存在しないものに名前は無かった。

 電車、自動車、飛行機、超合金、学校、インターネット、数々の星の名前。当然魔物についても、いくつか元の世界と同じような名称の言い伝えもあったが、言葉の綾で「鬼」という単語をだしても皆キョトンとするだけだった。

 そのお陰でつい同い年の女の子とけんかになった時に叫んだ「鬼ババア!」という単語の意味が伝わらなくて助かった。

 

 「そうだよ。見たことなかったのかな?」


 「当たり前だ。存在も知らなかった」


 「存分に観察するといいよ~」


 腕を広げてクルクル回るミナミは、その大人っぽい見た面に反して言動は子供っぽく感じた。


 「そういえば、一緒にいた背の高い男はどうなったんだ? いたでしょ、性格の悪そうなやつが」

 

 「大正解だ。性格が悪いってことは良いことだ。誉め言葉として受け取ってやるぜ」


 「げ、いたのか」


 開いていた扉から顔を出したキリルが部屋に入ってくる。めんどくさいことを聞かれてしまったなあと顔をしかめる。


 「おっ、キリルくん元気になったね~。さっき起きたばっかりなのにもう歩けるんだ」


 「ああ、お陰でな。この家の主人に礼がしたい。どこにいる?」


 驚くことに、ある程度礼節には通じているらしい。


 「いないよ~。私1人で住んでるんだ。強いて言えば隣村の村長がたまに様子見に来てくれるから、もしよかったら会っていく? 最近は会ってないけど」


 「そうだ、人がいるって言ってたよね。キリル、行ってみよう。お前の定住の地は意外と近かったかもしれない」


 「そうしてみるか。改めて礼を言う。助かったぜ」


 「そんな、別にいいよ! 久しぶりに人と話せたし!」


 痛む足にも構わず、キリルに無理やり外に連れ去られる。僕を連れていけとまでは言っていない。

 外に出ると如何にもと言った茅葺屋根の家。壁面は何度も何度も補修したような跡が見て取れる。

 山と平野の中間あたりに立っており、どうやら先日までいた山の麓にぽつりと立っている家の住人のようだ。


 「村だったらキミたちの口に合うものも出てくると思うよ!」


 美味しいと思って食べてたのになあ。やっぱり食べる前の表情は引きつっていたのかもしれない。

 見送ってくれるミナミに手を振り返して平野を歩いていく。まっすぐ歩いていくだけですぐにたどり着く、と言ってくれたが、だとしたらなぜ彼女はこんな辺鄙なところで1人なんだ?


 「最初は魔物が人に化けてるのかと思ったぜ。まあ危害を加えるつもりならとうに俺らは死んでるはずと考えれば、悪い奴じゃあなさそうだったけどな。それにしてもあの虫入りスープは無ェ」


 「お前か、あれを酷評したのは。旨かっただろ」


 「ぶっ倒れてる間に舌がおかしくなっちまってるようだな。村に着いたら医者に診てもらえ?」


 すぐにたどり着くと言われた割には長時間歩き、漸く人里の片鱗が垣間見られた。


 「これ、農地の跡じゃねえか?」


 雑草で覆われた土地は、確かに以前まで耕されていたのであろう痕跡があった。その周囲には家の跡、にしてはあまりにも原形のない建物の残骸がそこかしこにあった。石造りのような堅い壁が風化し、苔むし、ボロボロに崩れていた。


 「なァ、これが村って言うんじゃねえよなあ?」


 「流石にそれは無いんじゃない? 人がいるって言ってたし、それに村長がどうのとか言ってたし」


 ぶつくさ言い合いながらさらに進むと、漸く人気のありそうな集落が見えてきた。ミナミの住処と同じような茅葺の家が点々と立っているだけで、あとは一面に広がる田園。今まで奮闘してきた山の中とは比べ物にならないくらい平和な景色だった。

 青空を反射する水から顔を出す、まだ植えられたばかりの苗。新鮮な草木の香りが辺りを包み込んでいる。

 見渡す限り田んぼと、それを囲いこむ山で視界が満たされている。

 ワイワイと泥だらけになって遊んでいる3人の子供がいたので、怖がられないよう、めいっぱいの笑顔で話しかけてみる。

 

 「ねえ、ぼくたち。村長さんってどこにいるか知ってる?」


 子供のうち1人が率先して答える。


 「しってるよ! ぼくんちのおじいちゃんだし。お兄ちゃんたち誰?」


 「あー、あっちのほうから来たんだよ。旅人って言っていいのかな」


 「あっち? あっちは怖い鬼が住んでるんだよ! よく逃げてこれたね! 旅の人はおじいちゃんすっごく喜ぶから、一緒にきてよ!」


 キリルと顔を合わせる。いうほど怖かっただろうか? まあ山中に転がっていた男2人を抱えて家まで運んだ怪力は確かに怖い。鬼だし。

  遊んでいた3人のうちの1人に腕を引っ張られるままに歩く。正直、子供の元気についていけるような状態じゃない。足の筋肉がずきずきと痛む。


 「お山の中から来たんだ! すごいね! お父さんだって山登りは命がけだって言ってたよ!」


 本当に危ない場所だったらしい。


 「確かに危ないから、入っちゃいけないよ。それはお兄さんたちの恰好をみればわかるでしょ」


 「確かにボロボロだ! でもそこがかっこいい!」


 一向にキリルが子供と話そうとしないので間が持たない。僕だってだいぶ年の離れた大人なので、子供に合わせて話すなんて難しいことだ。なんたってもう15歳なんだから。

 にこやかな笑顔がだんだん引きつってくる。


 「ここだよ、うち!」


 やってきたのは、なんの変哲もない周りにあるのと同じような家。


 「ただいまー! おじいちゃん! お客さんだよ! 旅人だって!」

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