第11話

 「おお、珍しいねえ。入っておいで」


 「おじゃましまーす」


 しわがれた声に呼ばれるまま靴を脱ぎ、家に上がる。独特の木と土の匂いで満ちており、かなり長く使われている気配が漂う。

 入ってすぐが台所。右手が居間となっており、奥にもう一つ部屋がある。ミナミの家とほとんど同じ作りだ。声の出所は奥の部屋だ。居間を跨いで、閉まった襖を開く。

 書斎のような部屋の中央に、ぽつんと佇む白髪でやせ細った老人。こちらに背を向けて書き物をしているようだったが、襖の開く音に気づき、こちらに向き直す。

 

 「どうも、ツヅク・ハヤトと申します。旅のものです。数日お世話になれればと思いまして。何でもお手伝いは致しますので。力仕事でしたらこの大男が役に立つかと思います」


 「勝手なこと言ってんな。だがそんなところだ。俺はキリル」


 「ハッハ、元気のいい旅人さんだ。いくらでもいなさい。若い人手はいくらあっても足りないものだ」

 

 話しぶりは見た目よりも元気そうで、朗らかだ。優しそうに微笑む目元から人柄の良さを感じさせる。村長としては少々おっとりして見えるけども、そこには確かに他人から好かれる人望があるように思えた。


 「今はどんな仕事がありますか? もしよろしければ今からでもお手伝いしましょう!」


 「まあまあ、旅の疲れもあるでしょう。不作でロクに飯も出せんとは思うが、ゆっくりしていきなされ。アカシ、なにをぼさっと突っ立っておるか。お客人に座布団とお茶でも出しなさい」


 アカシ、と呼ばれた子は、あーいと気の抜けた返事をしてパタパタと駆けて行った。


 「それにしてもボロボロじゃなァ、おぬし等。この村では見ない服装じゃ。麻や絹で良ければ替えの着替えを用意しようか?」


 「これくらいなら僕は修繕できますが、キリルはどうする?」


 「世話になろう。恩に着る。このちんちくりんは休ませておいて構わないが、着るものまで用意してもらうとなってはじっとしているわけにもいかない。何か手伝えるものがあれば言ってくれ」


 「そうかのう。ちょうど向かいの家の修繕でてんやわんやしていたところじゃ。そっちを手伝ってもらおうかのう」


 アカシくんが戻ってくる。座布団を僕たちの横にそれぞれ放り投げ、お茶を置く。


 「えー、ぼく、お兄ちゃんたちの話もっと聞きたい! 西の山の方から来たんだって! きっとすごい人たちだよ!」

 

 なんかすごく褒められてる。悪い気はしないなあ。


 「そうかそうか。ちょっと今後のことでお話したいことがあるから、アカシは外へ遊びに行っておいで」


 「お話したいのに!」


 「あとでしてくれるじゃろうて。ちょっとだけじゃ」


 アカシくんが戸口の方に姿を消す。視線を村長のほうに向けると、先程までとは一点し、険しい表情になっていた。


 「さて、先ほどアカシが言っていたことは本当か? もしや、鬼を見たか?」


 「あ? ああ、会っ」


 「勿論! 一瞬ですが、それらしきものを見ました! まさか鬼なんてものが本当にいるんですね! びっくりです!」


 キリルが事実をそのまま伝えようとするのを遮る。さっきのアカシくんの言葉はともかく、村長の表情が明らかに鬼の存在は敵のものであると語っている。何かあるに違いない。

 そのまま鬼に助けられました、なんて言ったら村にいられなくなる可能性がある。


 「そうか、見たか。ワシの祖父の代までは贄を捧げていたと聞くが、今は西の山に行くものを拒む障壁となっておる。おぬしらも襲われずに済んで幸運だったなぁ」


 「鬼は人を襲うんですか?」


 「そりゃあそうじゃ。あれは人の姿を模した魔物じゃ。人を襲い、弄び、喰らう。それを鎮めるために先々代まで供物を捧げていたそうじゃ。今までも村の人間や腕に自信のある旅人で討伐を試みたが、討ち滅ぼすどころか逃げ帰ってくるので精一杯じゃ」


 「そう、だったんですね」


 ミナミの顔を思い出す。さらさらとした銀髪から覗く白くてちっこい角は、確かに人間離れしている。けれども、人を喰らう魔物であれば僕たちは既にお腹の中だろう。何か勘違いがあるのだろうか。


 「おぬし等は生きるか死ぬかギリギリの、本当に危ないところだったのじゃ。お陰でワシが知ってる限り、村から出て西に向かったものは1人もおらん。田畑も荒れ果てていることだろうて」


 「ってことは、村長さんは彼女を見たことがないってことですね?」


 「そうじゃが、彼女? 鬼は女じゃったか?」


 やばい、口が滑った。


 「遠目で見たからな。女だったんじゃねェかなと思っただけだ」


 キリルも話が流れに乗って助け船を出してくれた。


 「複数個体いるとのことじゃから、メスがいても不思議ではないが……」


 「もしかしてですけど、最後に村の西に出たのってかなり昔のことですか?」


 「そうじゃな。村のものが最後に行ったのは、魔物退治を専門とする旅人を連れて行った先々代の頃じゃった。いうても圧倒的な力の差を見せつけられて、何もせず帰ってきたそうじゃが」


 「そうですか……」


 夕飯時にはアカシくんの質問攻めにあいながら、久しぶりの白米に頬を緩ませていた。

 最初の方はおずおずとキリルにも話しかけていたアカシくんだが、簡素な相槌しか打たないキリルに見切りをつけてしまったため、事実上村長と両親を合わせた6人の食卓はアカシくんと僕の会話ばかりが続いていた。

 実質隣村とはいえ存在すら知らなかった人同士、新鮮な話がたくさん聞けた。

 不作とはいえ、ここらではそこそこの米がとれたらしい。2,3年に一度くらいの頻度で来る旅人のためにとってあるのだとか。なるほど、ここまでは旅人が来ないわけではないのだ。

 ただし、ここに来た旅人も魔物が棲んでいるという西には向かおうとしないだろう。僕たちの村に旅人が来ない理由の一端が垣間見えた。

 寝泊まりには使用していない納屋を案内された。ちくちくとした肌触りのむしろに寝っ転がり、考える。

 1つ、良いことを思いついた気がする。見たところロクな魔法も使ってないにもかかわらず、魔物もほとんどこなそうな平和な村。生活必需品の文明レベルもかなり低いようだ。ミナミが恐ろしい魔物であったなら、その気になればこんな寂れた村はひとたまりもないだろう。


 体も思ったより元気だ。善は急ぐに限る。

 明日は鬼退治だ。

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