第6話

  煙を噴射したその元凶からは、コロンボ爺ちゃんの署名と数行の文章が書かれていた。


※     ※     ※


ラオ・コロンボより、親愛なる我が息子へ


 楽しんでいただけたかな? 

 どうせ開けるだろうと思って面白いもん入れておいたぞ! 

 本物の手紙は背負い袋の内側に縫い付けてあるが、そちらにも仕掛けがあるのでくれぐれも勝手に開けないように。


※     ※     ※


 「マジでロクでもねェ……」


 「こっちも開ける?」


 バックパックの縫い付けられていた布を引き剥がすと、記述通り皮の封筒が出てきた。こちらは先ほどのものとは違って、なにやらボコボコと手紙だけではない、なにか仕掛けが入っている感満載の外見であった。


 「やめておこうぜ……」


 薪を消し、寝袋に入る。お腹も満たしたので、すぐに眠気が襲ってくる。隣にいるキリルも同じようで、既に寝息を立てていた。

 今日は本当にいろんなことがあった。これだけ詰め込みまくりの一日は、こっちに飛ばされたあの日以来だ。そんなことも考え終わらないうちに、意識が微睡に落下していった。



~~~~~~~



 うん、朝だ。

 屋根の割れ目から入る日差しが僕の顔に直撃している。今の今までスヤスヤと寝てしまっていたが、ふと隣に殺人鬼がいることを思い出し、肉体的にも精神的にもバッチリと目覚める。

 飛び起きると、隣にいたはずのキリルはいなくなっていた。よし、このまま1人でここを出れると嬉しいかもしれない。今日の強い日差しに違わず、晴れやかな日になりそうだ。

 ガサゴソと朝の体操を始める。体を伸ばしてリラックス。腕、お腹、背中、足、最後に首。あらゆる方向に腕を使い重力を使い、グーっとゆっくり伸ばしていく。ここ6年間、コロンボ爺ちゃんと暮らしていてこれを欠かしたことはない。体に染みついて、サボると逆に体がおかしくなりそうだ。

 

 「おう、遅ぇな。漸くお目覚めか」


  残念ながら大量殺人犯は玄関からこちらを覗いている。まあ、彼から同行を提案しているんだ、勝手に消えただなんて淡い期待は信じちゃいない。


 「お前は早いな。何やってんだ?」


 「これよ、これ」


 彼は刀をこれ見よがしに見せつけてくる。黒と紺の混じった斑模様の鞘に、暗い紫がかった紐がグルグルと巻いてある柄。


 「ここに文字が書いてある。こいつの名前だ」


 鞘の先端、柄側。模様かと思っていたところを見る。確かに、そこだけただの模様ではなく、彫刻のように鞘に刻まれている。『ICE・0』……? 


 「アイス・ナイン。長老はそう呼んでいたから、本来の位置はここじゃない。この彫刻は鞘をぐるっと回って数字が書いてある」


 確かに、『ICE』の次に来る数字、0~9が円周上に彫られており、現在は『0』が丁度タイトルの『ICE』にかかっている状態だ。キリルはおもむろに抜刀する。


 「これをこうして回してだな」


 キリルは刀を半身出した状態で柄の先端を左手の親指で回し、『1』と書かれた部分を『ICE』の文字の次に来るよう合わせた。


 「準備終わりだ。ちょっくら離れてろ!」


 半歩下がる。それを見るや否や、キリルは勢いよく刀を鞘に納める。

 瞬間。


 パキィ!


 キリルの全身が分厚い氷で覆われた。瞬きも許さないほどの間に、彼は氷漬けになってしまった。


 「お、おい。死んでないだろうな!?」


 当然、声を掛けても動かない。もはやどうしていいかもわからない。触っていいのか? 動かしていいのか?


 バキバキバキ、バキン!


 「アッハッハッハ! お前の情けねえ狼狽え様、笑えるなァ!」


 残念。どうやら生きていたらしい。

 

 「おま、どういうことだよ!」


 「俺もよくわからねェけどよ、どうやら周りを凍らせる魔法っぽいぜ」


 「凍らせるって、お前はなんで無事なんだよ」


 「知らね。術者は死なねえんじゃねえの? この回す部分の数字を大きくしていくと範囲も広くなっていくみてェだ。けども『3』くらいが限界だな。数字が増えていくにつれて氷の強度も上がってっから、どれだけ中で元気よく生きていようが出てこれなくなりそうだ」


 「試したのか? 1人で?」


 「おうよ。『3』でもすげえぞ。大体俺が3人縦に寝っ転がったくらいのところまで地面が凍ってたからな。『9』がどれだけすげェか、想像もつかねえ」


 「危ないことしてるなあ。ちょっと僕にも使えるか持たせてよ」


 「それこそ危ねェと思うんだが。生きてるとはいえ、中はスゲェ冷てェぞ」


 「いいからいいから」


 刀を受け取ると、数字は再び『0』の位置に戻っていた。刀を鞘から抜き、『1』に数字を合わせると鞘に戻す。

 が、何も起こらない。


 「お前には使えないみてェだな。マナが足りねえんじゃねえの? やっぱ封印されてた魔導機だからな。それ相応の使い手を選ぶってもんよ」


 「う、うるさいなあ。そういえば、昨日僕の靴も変な挙動したんだよな」


 『ICE・9』とは対照的な、白地に明るい青ラインが映える靴を見る。『ICE・9』にあったような、わかりやすい起動装置はなさそうだ。

 歩いている分にはとくに何の変哲もない、ただの靴だ。昨日は確か、思いっきり飛ぼうと地面を蹴ったんだったな。少しひざを曲げてジャンプするが、とくに変わったところはない。


 「意思の力がマナに影響するとか、誰かが言ってたな。屋根くらいひとっ飛びできると思って飛んでみろよ。ちんちくりんが普通に跳んだくらいじゃあ、屋根に手も届かねえだろ」


 ニヤニヤしながら冗談を飛ばしてくるキリルにムカッとする。1階建ての、しかも端っこの方なんて崩れかかってキリルが手を伸ばせば届いてしまうような高さに屋根の木材が垂れている。めっっっっっちゃ頑張ればギリギリ届くだろ。


 「それくらいできるわ!!」


 今度は助走をつけ、力いっぱい踏み切る。手が屋根の高さまで上がった。ざまぁみろ!

 と思った瞬間、僕の目はその屋根と同じ高さにあった。


 「どわあああああああああああああああああ!!!」


 僕の体は屋根の高さよりももっと高く、その家がもう一階高くても、その屋根に届きそうなくらい跳ねあがった。


 「おうおう、飛んでったなあ。着地気をつけろよー」


 「どうすればああああああああああああああ!!!」


 ズドン!


 背中から無事ではない着地をした。幸いにも脆く崩れかかった柔らかい家の屋根と床が、突っ込んだ僕を受け止めてくれた。それゆえに暫く無言でその場に寝っ転がり、動けなくなるほどの激痛に耐えるだけで済んだ。


 「こ、これは。扱い辛そうな魔導機、持たされたなあ」


 寝ながら履いている靴を見る。先ほどと何ら変わったところはない。大抵の魔導機は魔法を使うと光っていたり煙を吐いたり、その証を示すものだ。それすら無いのはいつ魔法が発動してもおかしくない、ということだ。いつの間にか、歩いているうちにマナが切れました、なんて洒落にならない。

 しばらくこの靴は普段使いしないでおこう。

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