トラップ・サンクチュアリ

第7話

 荷物をまとめ、廃村を後にする。

 キリルは相変わらず本の詰まった重い荷袋を持っていく気満々だ。さすがと言うべきか、軽々と背負っている。


 「さてと、これからどうすんだ?」

 

 「ぼくについてくる気があるなら東に向かうんだけど。まあ、ついてくる気があるなら、だけど」


 「厭々、みてェに言ってるけどよォ、昨日助けてもらったのはどこのどいつだ?」


 「その節はどうも。ありがたいのは良いんだけど、素行が怖いんだよな。犯罪自慢してくるところとか」


 「仕方ねェだろ、自己紹介について回っちまう事なんだから。まあ俺にしても、1人で村を出ちまったら飯も満足に準備できる気がしねえからな。精々助け合って行こうじゃねェか」


 「助け合い、って言葉から一番遠くにいそうな奴なのに……」


 非常食として確保するという意味じゃないだろうな。人体って果たしておいしいのだろうか。目の前の悪辣な顔立ちの奴は味を知って良そうな気がする。


 「しかし村から出るなんて、初めてだな。お前はどこまで行ったことがあるんだ?」


 「僕もここらへんまでだ。誰も出ていこうとしないし、噂では恐ろしい場所ってことになっているけど。でも普通に森が続いてるだけな気がするんだけどなあ」


 「噂?」


 「魔物がウヨウヨいるとか、燃える森とか、雨のように矢が降ってくるとか。まあ昔は旅人がまれに来ていたっていうし、外にも人里はあると思うんだ」


 「それは同感だな。そう思ったから、村を出る計画を実行した」


 「まあそれがどれくらい遠いのかってのが問題だけどね……」


 代り映えのしない森を歩いていく。獣道は迂回するように僕らを促すが、ここで初めて道を逸れる。木々の間を通り、茂みをかき分ける。心なしか鳥の鳴き声が不穏に響き、物陰から何かに見られているような感覚を覚える。


 「ところでよォ、今日は飯どうすんだ?」


 まるでそんなこと気にしていないような、間が抜けた声が後ろから聞こえる。


 「携帯食料も永遠に持つわけじゃあないけど、できれば森にいる間は温存したいね。一応なにか探してはいるけども…….。あ、これなんてどう?」


 地面に落ちている黒い物体を指さす。

 

 「なんだこれ、ウンコじゃねえか! まさかこれ食うって言うんじゃねえだろうな?」


 「まさか、冗談だよ。イノシシのフンだ。まだ新しい。そう遠くない場所にいるってことだ」


 「これ足跡か? 追っていけば捕まえられるんじゃねえのか?」


 「ちょっと行ってみようか」


 イノシシの巡回ルートと思われる獣道を辿る。ところどころ掘り起こされた跡があり、幸いにも足跡は柔らかい地面の上にはっきりと残っていた。


 「こりゃあイージーだぜ。俺が撫で斬りにしてやるよ」


 とキリルが奮起した矢先に、足跡は跡形もなく消えてしまっていた。獣道は分岐しており、おそらくどちらかが正解だ。


 「右だァ!」


 「左だね」


 二人で一斉に逆方向を向く。

 

 「右行こうか、違ったらキリルの飯抜きってことで」


 「それはさすがに乱暴すぎないか?」


 分かれ道に足を踏み出したその時。キラリと視界の隅が煌めく。


 「危ねェ!」


 キリルに押し倒され、地面に伏す。カツッ、と音がした方を見ると、一本の矢が刺さっていた。


 「噂は本当だったっぽいね」


 言うや否や、ドドドドと地面が揺れる。


 「呑気に何言ってやがる。なんかやべェもの起こしちまったんじゃねェか?」 

 

 バキバキバキバキ


 上の方からなにか巨大なものが転がってきているようだった。


 「これ、逃げたほうがよくない?」


 「同感だ。来た道戻るぞ!」


 振り返ると、地響きの正体が顔を出した。キリルの身長の3倍はありそうな、大きな岩塊が木々を薙ぎ倒してこちらに迫ってきていた。ちょうど、この獣道を辿るように。このまま前に進むしかなかった。


 「2分の1で大外れ引いたな!? 約束は守ってもらうからな!」


 「ンな事言ってねえで走れええええええええええええええええええ!!!」


 昨日よりもさらに早く山道を走る。

 木々が多少速度を落としてくれているおかげでなんとか距離を保つ。前を走る僕はなるべく走りやすく、しかし追手となる巨石の障害物が途切れないよう、獣道を再びはずれて森の中を突っ切る。斜面に対して横方向に走ることで衝突から免れようとするが……。


 「おい、アレ俺たち追っかけてきてねェか!?」


 その通りで、あれは単純に高いところから低いところに向かって進んでるわけじゃなかった。明らかに僕たちに向かってきている。


 「マジかよ! 木の上にでも避難するか?」


 「薙ぎ倒されて終わりだろ! 仕方ねえ、ぶっつけで試すか!」


 「キリル!?」

 

 彼は立ち止まると、長刀『ICE・9アイス・ナイン』を抜く。


 「離れてろ……! 『ICE・3アイス・スリー』!!!」


 転がってくる岩にぶつかる寸前で、キリルは納刀する。一瞬にして彼の周囲は氷漬けになる。冷気は大岩を地面に釘付けにするように凍り、その動きを止めた。

 じわじわと広がる氷の領域に追いつかれないよう、思い切り前に飛んで距離をとると、ぬかるんだ感触。

 ……どうやら沼に捕まったらしい。慌てず騒がず、ゆっくりと大きな動きで泳ぐように脱出を試みる。


 「ふぅ……。なんとかなったぜ。っておい、お前やべえぞ!」


 パリンと氷の中から現れたキリルが慌ててこちらに走ってくる。


 「うわっ! 来るな来るな! 大丈夫だから!」


 走ってくるキリルが突然、姿を消す。彼の叫びだけが木霊した。


 「ぐわァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 バキバキバキ!ズドン!!!


 僕がひとっ飛びした地点には運良く(悪く)落とし穴が仕掛けられていたらしい。

 沼を抜け穴を覗くと無数の鉄槍が上を向いており、その上に氷漬けになったキリルが落ちていた。


 とっさの判断で自分の身を氷の鎧で守ったのか。しかし、あれでは氷を割って脱出しても串刺しだろう。このまま僕一人であいつを引き上げるしかない。

 さて、どうしよう。

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