第4話

 今日の俺様はとことんついてる。キリル・ワン様の生涯で一番と言ってもいい。

 計画は概ね成功。おまけまでついてきた。朽ちかけた床に慎重に寝っ転がると、散らばっている本を適当に手に取って読み始める。

 これは……。白金三村の法、取り決めの記録のようだ。こいつは最も最近の改定後のものだ。対象となったのが口減らしの基準・人選びの項目だ。あれは俺が6歳の時だった。その日、突然母親は消えたのだ。後を追うようにして父も死んだ。幼かった俺には教わった通り、鉱山で使用していた魔導機の暴走に巻き込まれたと信じていた。


 真実を知ったのは3年後、真面目で優等生だった俺が図書館の隅でのうたた寝がきっかけだった。村の重役が周りに誰もいないと勘違いして世間話をしていた不注意が、俺の人生を大きく変えた。

 話によると長老会は5年前から続いていた不作によって、食料確保の見通しがとうとう立たなくなった故の口減らしを検討していたそうだ。本来であれば幼子もしくは年寄りが対象であったが、生憎まだ人のものとされない5歳以下の幼子がいなかったこと、年寄り連中が命惜しさに根回ししていたこともあって、その矛先が向かったのは俺の母親だった。それに伴って取り決めの言い回しも子供、年寄りに加えて赤子を身籠った母親が文面に付け加えられることとなった。

 たまたま子供を身籠っていた、という噂が立っていただけで口減らしの対象とされ、彼女はひっそりと贄に選ばれてしまった。父親はそれ以来塞ぎ込むようになり、とうとう一年後に自ら命を絶ってしまった。


 今思い出しても、物心というものが身に着いたのはその日からだったような感じがする。子供は危機を感じた時、それを繰り返さないよう『記憶』を開始するという。俺にとって主体的に “考える” ことを初めて開始したのがこの時だったように思う。自分もいずれは殺されるんじゃないかと信じて疑わなかった。

 文字の読み書きや算術が得意で、言われた通りの勉強ばかりしていた俺は、その時からタガニ村の腕利きを訪ねまわって片っ端から稽古をつけてもらった。一人で生きていかなければならない不遇の少年、ということで同情もあったのだろう。誰もが親切にしてくれたし、俺も教わった技術は全て吸収した。

 座学の方も真面目を突き通した。噂話で聞いた情報の裏を取るため様々な資料を漁り、公開されてない書類や議事録なんかをこっそり盗み見るために、公民館や図書館といった場所に入り浸る為だ。取り決めの改定議事録や改定前後の文書に目を通す度に益々状況証拠が固まっていった。


 暇さえあれば特訓や体づくりを行い、元々の体格にも恵まれた俺はとうとう18歳という若さでタガニ村の警防隊に選抜されることとなる。村の治安全般に関わる警防隊は、それこそ人同士のいざこざから村周辺に出没する大型害獣・魔物の駆除も行うため、普通22歳以上が成員として業務にあたる。

 それより若い人間は体の出来や精神的な不安定さからまず他の仕事の見習いになるものだが、俺は19と言う若さで成員になった。

 それだけの信頼と強さを得た俺は、昔から抱いていた欲望を解き放つ準備ができたと確信した。周囲からの厚遇を理解しながらも、俺の中では両親を失った憤怒も消えちゃいなかった。

 かわいがられていた故に村の内政の詳しいことも学んでいた。他人事としてみれば、過去母親を殺したタガニ村の判断は見れば間違っちゃいない判断だと思う。

 けれどもこれは俺の目から見た、俺の物語だ。合理的かどうかなんて関係ない。


 目標は老人共を皆殺しにすること。さらに邪魔する奴らを1人でも多く殺し、可能であれば村の宝である魔導機を盗み出し、逃亡すること。合金鋳造の魔導機のような大きなものは無理だし、生活必需品を奪って村の若者を貶めるのは理念として間違っている。狙うのは『ICE9』と呼ばれる長刀。タガニ村でも数人しかその存在を知らず、俺も今まで現物を見たことがない。死蔵された魔導機だ。そんな扱いなら俺様のこれからの旅に役立ってもらうほうがいい。


 計画を実行に移した昨日の夜から今までの記憶は正直あまりない。夜な夜な老人共を殺して回り、長老の家の奥の間に隠してある『ICE9』を手に取ったところで警防隊と鉢合わせ。そこからは無我夢中で刀を振るい、村を脱した。


 逃げ切ったと思った矢先に赤髪のチンチクリンがこっちを見ていたときには追手の先回りかと思いヒヤっとしたが、奴が山に慣れていて助かった。最も難易度の高かった、ほとんど出たことのないタガニ村の外への逃亡が、奴の動きについていくだけの簡単な作業に変わっちまったのだから。奴は村の外での生き方にも詳しそうだ。当分は奴についていこう。

 

 などと考えていた矢先、嫌な予感が頭をよぎる。バッと起き上がり、床の上を見渡す。

 ツヅクの持ち物がほとんどないじゃないか! 

 このまま逃げられていても文句は言えない。近くの狩場を見回るのにあの身長に似つかわない背負い袋の中身全てが必要とも思えない。


 やられた! 

 すぐさま立ち上がり、ドアを蹴破って外に出る。奴はどこに行ったのか。幸いにも人が通れそうな獣道は来た道と下りる道の二本のみ。奴が茂みや草木の間をかき分けていった音は聞こえなかった。奴が歩いて行った方向は村に戻る方向。全速力で登って駆け上がる。

 日は暮れかかり、西の空は暗く紺色に染まり始めている。真っ暗になったら一貫の終わりだ。俺は恰好のガイド役と今日の晩飯を失うことになる。


 来た道を突っ走っていると、ズン、ズン、という地響きに、人か獣か判別のつかない唸り声が聞こえた。音の出どころに目線を向けると、かなり離れているにもかかわらず、どでかく黒い生き物がのそのそ歩いているのが見えた。

 ちんちくりんがここらへんにいるのであれば、もしかすればあれに襲われている、という可能性もある。

 その思い付きに身を任せ、獣がいる場所まで走る。木々が密集しており、段々茂みによって視界が悪くなっていったため、適当な枝に飛び乗り、そのまま木々の間を飛び跳ねて接近する。

 予想は当たっていた。直径10m程度の開けた場所の中央にぽっかりと空いた穴の隣にツヅクが佇んでおり、その周囲を黒いでかブツが歩き回っている。なるべく音が出ないよう。丈夫な枝を両手で掴み、振り子の要領で体を揺らす。狙うはツヅクの直上。十分勢いをつけて、体ごとブッ飛ばす。


 ちょうど黒い獣はツヅクに襲い掛かろうとしていた。だがこの速度なら間に合う。宙に舞う俺は即座に『ICE9』を抜刀し、刀を頭上に構える。

 

 ズシャァ!!!


 目標の腕を斬り付け、軌道をそらす。唸る化け物。蹲っているツヅクは無事だった。

 相手を見る。これが噂に聞く魔物だろうか。規格外の体躯と頭部に生えたデカい角は、学んだどの野生動物のものとも違う。魔物との実戦経験は無かったが、シミュレーションで幾度となく倒し方は習っている。

 今の一撃を食らって、効いている程度の相手だ。『ICE9』が使える魔法がわからなくとも、剣術で倒せるだろう。こんなことなら暇してる間、こいつを弄り倒していればよかった。そうすればこの討伐ももっと楽になっただろうに。


 「よォ、こんなところに居たか。そのまま、少しの間そうやって無様に蹲ってるといいぜ」

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