第2話
「待った待った! 何と勘違いしてるのか知らないけど、僕はただの旅人だって!」
両手を上げ、降伏のポーズをとる。ちらりと刀の手元を見ると、先ほどの男だ。
黒の長髪に鋭い眼光。着ているものは、元の世界で見たことのある黒い軍服のようでもあり、ロングコートのようでもあった。高い襟のついた長い上着とズボン。服の上から見てもわかる程度に発達した筋肉質の体で、かなり背が高い。頭三つは離れているであろうその体躯には、あと十年経っても届かなそうだ。僕のいた村ではこんな奴見たこと無い。
「まあそうだろうな。お前みたいなチンチクリンが警防隊に入れるわけねえと思った」
刀がスッと下がり、首筋に感じていた冷気が消える。どうやら刀身そのものが冷たいらしい。ヒヤッとしたというのは物理的な感覚で合っていた。
「追っ手もさすがについてこれなかったみてえだな。お前、名前は?」
脅迫から始まる出会いに体格の差。彼に対しては委縮する要素しかなかったし、そもそも僕はあまり気の強い性質ではない。しかし少しでも舐められないようにと、わななく唇を手で押さえながら答える。
「僕はツヅク・ハヤトだ。すぐそこの、カミナ村で育った。やんごとなき理由で遠く東の方を目指して旅に出ている」
「ハッ。こんなちっせえのに1人で村を出るのか。大方口減らしかなんかで追い出されたってとこか。カミナの方も相当貧窮していると見える」
「ちっさい言うな。こう見えても15だ。カミナの方もって、おまえははどこから追い出されたんだ?」
「俺はタガニ村のキリル・ワン。19だから年上だな、敬意を払え。追放者が二人、同じタイミングか。運がいいんだか悪いんだか。まあ白金三村の隣人同士、仲良くやろうや」
白金三村とは、白金神殿を拠点とするこの山々に点在する村々の総称だ。マヌタ村、タガニ村、それに僕のいたカミナ村。ちょうど今いる地点は白金三村の警戒地域ギリギリの場所である。それにしても警防隊から追われてたと言うことはよっぽどのことに違いない。もしかして重罪人……?
「初っ端から礼を欠いてるやつに払う敬意は無いね。キリルも村を追い出されたのか?」
そう訊くと、キリルは口角を歪ませて笑う。
「ちょっと違うなァ。俺は大量殺人犯だからよォ。自分から村を捨てたのさ」
背筋をゾクッっと悪寒が走る。そんなヤベエ奴と二人っきりなのかよ! 出発早々、僕の旅はここで終了なのか?
「安心しろ。お前なんて殺したところでなんの得にもならん。俺の目的は復讐だった。意味のない殺しなんてしねえよ。」
「全くもって意味が分からないし、全然安心できないって!」
こっそりと腰に差したナイフに手をかける。刀身の差で勝ち目はないだろうが、何かあったらこれを投げてその隙に逃げ出すのも手だ。
「というわけで、お尋ね者の俺様は行く当てもない。なんなら、お前の護衛として同行してやってもいい。この日のために10年間も腕を磨いてきたんだ。打撃、柔術、剣術、縄術、投擲術。どの分野でも天才なんでな。なんでも任せろ」
「生憎だけど御免だね。その素晴らしい腕前が僕に向かないとも限らない」
何より怖い。
「その怖いのが一緒にいねえとヤベエんじゃねえか? まだここらは村の治安維持範囲内だが、先に何があるかは誰も知らねえ。昔は旅人も年に1人2人来ていたって話だが、俺が生まれて以来1人も見てねえ。戦力は大いに越したことはねえと思うんだがなあ?」
苦渋の選択だ。今ここから逃げ出してこいつを振り切ることは可能かもしれない。けれども確かに、魔物どころか獣とすら正面切って出くわしたら僕一人ではどうともならない。もしかしたら彼の刀は魔導機かもしれないし、その使い手であれば心強い戦闘力だ。
「人間としてのお前の腕前はともかく、その刀は魔導機だよな? どんな魔法が使えるんだ?」
魔導機、とは魔法を使用するための媒体だ。所持している人間に流れているマナ、つまり魔法を使うためのエネルギーがその魔導機に適合していれば、魔法が使えるらしい。
コロンボ爺ちゃんの持っていた杖は炎を操り、野営のための火をおこしたり、野生動物を追い払ったり、低級の魔物を倒したりと、かなり便利なものだった。そういった類のものであればこの先、リスクを負ってこいつを連れて歩く甲斐もある。
キリルはニヤリと笑うと、
「それはまだ秘密だ。寝てる間に持ってかれても仕方ねえしな。というか、俺もよく知らん。村から奪ってきたもんだからな」
と答える。
やっぱりロクでもない奴であることには変わりなさそうだ。 やっぱりロクでもない奴であることには変わりなさそうだ。それにしても、魔導機を発動させるためのマナが所有者以外と適合する確率は極めて低いと思うのだが、そんなものを盗むだなんて。
鞘に刻まれた直線的な模様から青い残光を放っているところを見ると、ある程度の効果は発揮していたようだ。期待はできるかもしれない。
「いいよ。一緒に行こう。でもどうすんだ、あんた。僕は目的があるから途中まではいいけどさ。それが終わったら僕は村に戻ってくるよ」
「途中でどっか定住の地を見つけるさ。ま、外に人が住んでいりゃあ、な」
キリルは立ち上がり、外を見る。
「マジで追っかけてこねえな。さすがに見失ったか。まあ、お前には助けられたぜ。お前の動きを完璧に真似してここまで逃げ切れたんだ。追っかけてきた奴らは軒並み道に迷ってるこったろうよ」
クックックと笑うキリル。さすが村八分になるような男。
性格が悪いと思う反面、その身体能力に驚く。長年山で暮らしてきたといっても過言ではない僕に、一朝一夕どころではない模倣で喰らいついてきたのだ。体術に関しては彼の言う通り天才なのかもしれない。
「それにしてもいい時間だな。そろそろ日も暮れる。今日はここで野宿と洒落込もうじゃねえか」
木の床に勢いよく腰を下ろそうとするキリル。
「あっ、そこは!」
ズギャッ!バキバキバキ! ドスン!!!
「痛ぇなあ、クソ! どうなってんだ!」
「そりゃこんなオンボロな家でお前のでけえ体、支えられるわけねえだろ……」
前言撤回。頼りになるのかどうなのか、いきなり不安になってきたぞ。この詰めの甘さで良く警防隊から逃げてこれたものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます