旅は道連れ。1人目、キリル・ワン

第1話

 思えば不思議な人生だ。

 いや、そんなものは僕の思い込みなのかもしれない。前にいた世界でも職に就けない人が大勢いて、明日食べるものにも困っていた。そう考えれば人生の二転三転は当たり前に起こることとも思える。

 この世界にとばされた僕が15歳を迎えて尚、またもや定住の土地を失おうとしている。

 今、僕は質素な上着とズボンに背負い袋というなんとも頼りない恰好で村から東に向かっている。


 元居たの世界の記憶はあまりないが、少なくとも日本の東京という場所で育っていたはずだ。高層ビルの数々や道行く自動車の速さ、コンピュータとディスプレイが織りなす様々なエンターティメントをなんとなくだが覚えている。そして、それはこの世界にとってはあり得ないものだった。何せ文明レベルは元の世界の足元にも及んでいないのだから。

 山に囲まれた盆地にかやぶきの屋根が立ち並び、畑と田んぼが所狭しと敷き詰められた村。電気どころかガス・水道の類もなく、まるで歴史の教科書に出てくる遠い昔の世界に来たみたいだった。

 

 今日は絶好の旅立ち日和。雲一つない空の下、清涼な川のせせらぎが聞こえ、木々は春の訪れに芽吹いている。森に差す木漏れ日を受けながら座っている僕は、朗らかに咲こうと豊満に膨れた蕾を携えた草花に囲まれている。

 これほどまでに良い天気なのに、僕の心はどんよりと曇っていた。つい先ほどの会話がフラッシュバックする。


 「悪いなあ、ハヤト。お前は村を出るべきなんじゃ。支度はしておいてやったから、すぐに出発しなさい」


 この世界に来てからの育ての親、コロンボ爺。

 9歳の僕がこの世界にとばされて意識を失っていた中、山菜取り中の爺ちゃんに拾ってもらった。完全にこの仕事を継ぐつもり満々だった最中に告げられた解雇通知。というか村八分宣言。


 「はぁ……。どうすっかなあ、これから」


 とりあえず村を出て、普段使っている山歩き中の休憩地点まで来たものの、ここにへたり込んでしまって足が動かない。なんとか頭の中を整理して、今後の方針を考える。

 まず第一に、僕は村に戻りたい。せっかくあんなに平和な村で拾われて、人間関係も良好だったのにそれを手放すなんて! 

 けれどもそれは最も取りづらい選択肢だった。爺ちゃんに言われるがまま村を出ていく際には、友達や近所の人たちは深刻な悲しみとそれを隠そうとするほほ笑みで僕の旅立ちを歓迎していた。引き留める者はいなかった。

 同年齢でよく遊んでいたミィちゃんなんて泣き出してしまった。そこまで好かれていたのは非常にうれしいことだったが、そんなことにまで気を配る余裕は当時無かった。真っ当な門出であればまだ感傷に浸ることができただろうに、何が起こっているかわからない僕にはそれができなかった。なんて勿体ない事をさせてくれるんだ。

 そんな感じで、むらにもどってミィちゃんに好意を伝えて一生を添い遂げる、みたいなことができる状況ではないことは理解している。村の信頼の厚い爺ちゃんのことだ、既に皆には僕の今後を伝えていたのだろう。状況がよくわかっていないのは僕だけということだ。ひどい話である。


 第二の選択肢はこのままあてどもなく旅に出ることだ。いや、一応あてはある。この旅は爺ちゃんが渡した一通の手紙を届ける、ということが目的ということになっているからだ。


 「すぐだ。すぐに出発だから。なんでって? ああ、そうそう、これをな、ずーっと東のほうにいるワシの友人に渡してくれ。ガランって奴だ。中身は見るなよ? 頼んだぞ!」


 うん。あては無い。

 東ってなんだ。ずーっと遠くってなんだ。

 村を追い出すために本人に言えない理由を隠した感満載だった。中身を見るなと言われた封筒は実際に預かってはいるものの、そもそも中身は存在するのだろうか。


 そんなことを考えていると、村の方向から足音が聞こえてきた。すごい数だ、それにかなりのスピードで駆け下りてきている。ここら辺は魔物も出なくはないし、なんならそこらの魔物よりよっぽど質の悪い野生動物も出没する。すぐに逃げられるよう身支度を整え再び早足で山を下り始めるが、直後野太い叫びが聞こえた。


 「クソがああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 木々を震わすような怒声がつんざき、驚いて振り返る。すると足音の正体、その先頭が見えた。それは長髪の青年で、山に慣れてなさそうな覚束ない足取りにもかかわらず、猛スピードでこちらに向かってきていた。全身黒づくめのロングコートに身を包み、パンパンに膨らんだ肩掛け鞄と小脇に挟んだ日本刀という怪しさ百点満点の格好だ。

 一瞬固まった僕はすぐに彼に見つかったようだ。


 「どけ、どけどけどけどけぇ!!! 邪魔すると斬るぞ!!!!!」


 転げ落ちるように走り出すが、そこは慣れた山道。するりするりと木々の間を駆け抜けて、道なき道を辿る。必死に走り続け、心臓が張り裂けそうになるが、先ほどの男が後ろから追ってきているかもしれないと思うと、足がフル回転で走り続ける。


 どれだけ走り続けただろうか。歩いてくるには日が暮れてもたどり着きそうにないような距離を走り切っていた。爺ちゃんの山菜取りで、遠いときは山で寝泊まりしたりもする。ここら辺一帯の山々は大体歩いており、歩いても安全なルートは覚えている。到底並みの人間では僕が通ってきた道を辿って最短ルートで追いつくことは不可能だ。それくらい、村の外というのは危ない。


 そして当初最初の野営地として目標にしていた廃村にたどり着く。辛うじて屋根の残っている家の中に飛び込み、息をひそめる。さすがにこのスピードにはついてこれないだろう。安堵する間もなく、後ろから声が聞こえた。


 「なんとか助かったぜ。お前速いな。お陰で無事振り切れたみたいだ」


 首筋に感じる冷気。体が硬直しなんとか目線を下に向けると、刀の切っ先が視界に映った。


 「しかしなんで先回りできたんだ? お仲間はまだまだ来ねえけど、喋んねえならここで死ぬしかねえよなあ?」 


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