第2話


 

 両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていた俺は、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。


 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横10メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。


 背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。今まで見た中で間違いなく一番綺麗な絵だ。だがしかし、俺は何か薄ら寒さを感じて無意識に目を逸らした。


 周囲を見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。


 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間である。


 俺達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りには俺と同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようだ。


 俺はチラリと背後を振り返った。そこには、やはり呆然としてへたり込む陽葵や颯汰がいる。


 そして、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達へ視線を移した。


 そう、この広間にいるのは俺達だけではない。少なくとも20人近い人々が、俺たちの乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。


 彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた神主のようなものを纏まとい、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。


 その内の一人、集団の中でも特に煌きらびやかな衣装を纏い、高さ30センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた鳥帽子のような物を被っている70代くらいの老人が進み出てきた。


 もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺しわや老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。


 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で俺達に話しかけた。


「ようこそ、ルカルトへ。勇者様方。歓迎致しますぞ。私は、神聖教会教皇、サマル・サンポークスである。以後、宜しくお願い致しますぞ」


 そう言って、サマルと名乗った老人は、




               ⭐︎




 俺達は場所を移し、クラスの全員が座れそうなテーブルがいくつも並んだ大広間にいる。


 この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも凄さのわかる飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。


 おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に佐野颯汰と陽葵その反対側には高瀬梨奈が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。俺は1番の下座に座っている。


 ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは、いまだにこれが現実か夢なのか、認識が追いついていないからだろう。


 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生メイドである! そうゆうお店にいるエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女・巨乳メイドである!


 こんな状況でも思春期男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、これでもかと言うほど冷え切っている。


 俺も傍に来て飲み物を給仕してくれたメイドさんを思わず凝視しそうになる。しかし、背筋に悪寒を感じ咄嗟に正面に視線を固定した。


 チラリと悪寒の感じる方へ視線を向けると、なぜか満面の笑みを浮かべた陽葵がジッとこっちを見ていた。俺は目が合わないようにゆっくりと視線を正面に戻す。


 全員に飲み物が行き渡るのを確認するとサマルが話し始めた。


「さて、あなた方はさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますので、まずは私の話を最後までお聞きください」


 そう言って始めたサマルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。


 要約するとこうだ。


 まず、この世界はルカルトと呼ばれている。そして、ルカルトには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。


 人間族と亜人族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しているらしい。


 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。


 魔人族は、数では人間に及ばないものの、個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていなかったらしいが、最近、異常事態が多発しているという。


 それが、魔人族による魔物の飼育だ。


 魔物とは、通常の野生動物が魔人の魔力を取り入れ変質した異形のことらしい。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしいが、それぞれの魔物が強力な魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。


 これの意味するところは、人間族側の〝数〟というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。


「このままでは人間族は滅ぶ。それを回避するためにあなた方を召喚しました。あなた方の地球はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、我らが神"フォルトナ"様から神託があったのです。人間を助ける、と。そこで我々は貴方達がフォルトナ様の意思だと考えたわけです」


 サマルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。


 サマルによれば人間族の九割以上が神フォルトナを崇める神聖教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく神聖教会の高位の地位につくらしい。


 〝神の意思〟を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。


 クラス委員長、杉田千穂(すぎたちほ)だ。


「ふざけないで下さい! 結局、私達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません!私達を早く帰して下さい!あなた達のしていることはただの誘拐です!」


 みんなが思っているだろうことを代弁するように言った。彼女は151センチの低身長に長い黒髪を跳ねさせながら、クラス委員長としての責務を全うしようとしている。


 〝ちーちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある委員長を目指しているとか。

 俺もそんなちーちゃんに助けられたことがある。


 今回も理不尽な召喚理由に怒り、立ち上がったのだ。「ああ、またちーちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでちーちゃんを眺めていた俺たちだったが、次のサマルの言葉に凍りついた。


「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」


 場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でサマルを見る。


「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 召喚できたのなら帰せるでしょう!?」


 ちーちゃんが叫ぶ。


「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはフォルトナ様の信託あってのことです。我々人間だけでは異世界に干渉するような魔法は使えません。あなた方が帰還できるかどうかもフォルトナ様の御意思次第ということです」

「そ、そんな……」


 ちーちゃんが脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りのクラスメイト達も口々に騒ぎ始めた。


「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやだ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……なんでなのおおおおお」


 完全にパニックになっている。


 俺も平常ではいられなかった。しかし、オタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、なんとなく他の奴らよりも落ち着いていれた。


 誰もが狼狽える中、サマルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。


 未だパニックが収まらない中、颯汰が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。颯汰は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。


「皆、ここでサマルさんに文句を言っても意味がない。あの人にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰れるかもしれない……」

「そうだな。サマルも俺たちのことを無下には扱えないはずだ」

「私達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょう」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」


 ギュッと握り拳を作りそう宣言する颯汰。無駄に前髪がサラサラしている。


 同時に、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。颯汰を見る女子たちの目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は目をハートにしている。


「颯汰ならそう言うと思ってたよー、私も協力するね!」

「陽葵……」

「今のところ、それしかないよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「澪……」

「陽葵ちゃんがやるなら俺も頑張るよ!」

「一真くん……」


 いつものメンバーが颯汰に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。ちーちゃんはオロオロと「ダメだよ〜」と涙目で訴えているがこの流れの前では無力だった。


 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。


 俺はそんなことを考えながらそれとなくサマルを観察した。彼は実に満足そうな笑みを浮かべていた。


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