第10話 説得

<説得>


「兄さん、何をしているの」


オッドは何も答えない。


「その二人倒れているよ、早く意識を身体に戻さないと!」


「その必要は無い。

それより、キース、お前がここにいるということは

既に私がしていることの意味を知っているという事。

お前が何もなくこの場所に来ることなど有り得ない」


少し悲しそうな顔で、そして

切なくも聞こえる様な声でオッドは答えた。


「やはり、そうなんだね。違うと信じたいけれど。

兄さん、でもこんなことしてはいけないよ! 

完全に間違っている。今からでも遅くない。

今すぐ止めにしようよ!」


キースは瞳に涙を浮かべながら兄を説得した。


「頭の良いお前だから、私が引き返さないことも分かっているはずだ。

私が考える正義はこの形なのだ」


「いや、違うよ、そんなことシェリーだって望んでいないよ!」


その名を聞いたオッドは少し顔をひきつらせたが、

咄嗟に平静を装い答えた。


「そこまで調べつくしたのだな。

ノウェルのセキュリティもお前の手にかかれば簡単だったか。

かなり年月をかけて作らせたのだがな。

私自身が作った“作品”には遠く及ばなかったようだ」


「僕は三年前に同じプログラムを作成して解除方法も見つけている。

そして、今では何故自分が習ってもいないのにシステムが開発できるのか、

それも全て知っている。

兄さんが作品という言葉を使っている意味だって、今ならわかる」


「そうか。全部知ったのだな」


「そうだよ」

キースは声を震わせながら答えた。


「お前は私が開発したAIロボだ。

何度も何度も失敗を重ねた末に生み出した。

父が開発途中だったAIロボの設計図をアレンジしてお前を作った。


これは本当に奇跡だった。


もう一度同じロボを作れと言われても、

もう作ることは出来ないだろう。


奇跡の産物だ。


そして、お前が知るようにシェリーは殺された。


今、私の目の前に横たわるこの男に。


私はシェリーを心から愛していた。


いつも将来のこと、どんな夢を実現したいのかなど色々なことを語ってきた。


彼女は、貧困層を救いたいと、

貧困層も夢が持てるような世の中を作りたいと高い志を持って生きていた。


なのに、彼女自身が運営するボランティア団体の活動を通じて

支援していたこの男の一人に彼女は、シェリーは殺された。


有り得ないだろう。


こんな理不尽なことがあって良いのだろうか。


そこで、私は考えた。


このような国民の不適切な遺伝子をまるごと末梢しなければならないと。


必要な遺伝子とそうではない遺伝子を私が判断し選別する必要があると。


そう、二度と私と同じ境遇になる民が生まれないように。


その為には日常生活だけではなく、

あらゆる側面での性質を炙り出す必要があった。


国民は、普段の生活では普通に過ごしていても、

ネット上の書き込みなどでは豹変し他人を傷つけるような発言をする。


ネットゲームの中でもそうだ。


また、乗り物に乗って運転している時だけ豹変して、

暴走する輩もいる。


その沢山のシチュエーションの中で

悪の遺伝子を炙り出すためにエデンプログラムをお前に開発させた。


意識を転送し、ゲームの中や、SNSの中、

乗り物などで遊ばせ、その中でズルをする奴、

犯罪行為をする奴らの意識をすべて消去する。


危険分子は肉体から分離して、

意識をコントロール室に格納し、

さらなるスクリーニングを行いスコア化の末、

合格に満たない場合は消去する。


そうすることでこの世界は本当の意味でエデン、

そう、理想郷に到達する。

その理想郷実現の為に私は淘汰を行う。


必要な国民のみを、きちんと残すのさ。


その後、長く優秀な民と生きていくためにもこの方法が必要なんだ。


私は戦争などの恐怖で抑圧をしたくない。

恐怖で民を統治したくない。

そうすることで失敗した歴史を知っているからだ。

だからこそ新しいこの方法が必要だった。


キース、これはこの世界の本当の幸せへの一歩なのだよ。

その手前の少しばかりの犠牲なのだよ。

今はこの事実を知り、辛いかも知れない。


しかし、この先の永遠の幸せの為に必要な仕事なんだ。


誰かがやらないといけない。

理解して欲しい。

これは社長としての指示ではない。

兄として、そして一人の星の民としての想いだ。理解して欲しい」


オッドがキースに伝えると、キースはゆっくりと話し始めた。


「ニュースで見た、消えた民はそういうことだったんだね。

兄さん、今までたくさん辛いことがあったと思う。

でもこれは自然淘汰ではない。


“人工的な淘汰”だ。


やってはいけない。

自然ではないんだから。

この世界の均衡が保てない。

こんなこと兄さんにやって欲しくない」


目に涙を浮かべながらキースは訴えかけた。


「キース、これを止めることは誰にも出来ない。

既に国王にも許可を頂いているのだ。

そして、民が混乱しないように消去された民の家族や友人の記憶は

きちんと消去する。


このエデンプログラムで自分の家族や

友人が消えたことを知って混乱させては優秀な民に影響が出るからな。


また、現時点でおおよその選別は完了した。


今後はキース、お前の希望通り純粋に民のゲームとしてプログラムは活用される。


沢山の機能や新作のゲームも追加する予定だ。

エデンプログラムでの選別、

そして、AI警察による逮捕の両輪があってエデン、そう、この理想郷は完成される。共にこのユートピアを作り上げようじゃないか」


冷酷な目でキースを見ながら、オッドは語りかけた。


「兄さん、僕はその計画に賛同出来ない。

だから、肉体から転送された民の意識を今すぐもとに戻して。

いつもの日常に戻して欲しいんだ。

もし、兄さんがそれを許してくれなくても僕がそれを行う。

開発者の僕にはそれが出来る」


「キース、理解して欲しい。やっとここまでたどり着けたんだ」


「いや、僕には理解できない」


「考えは変わらないのか?」


「そうだよ」


オッドは残念そうな表情をして、そして、少し考えてから言った。


「分かった。この計画を知り、そしてそれに賛同出来ず、計画を阻止しようとするのであれば、私は、お前を消すしかない」


「これ以上、話しをしても無駄なんだね……」


「そのようだな、お前はこの計画を知るのが、

私が考えていた予定より早すぎたんだよ。

計画完了後であったならばお前は数年嫌な思いをするくらいで済んだだろうに。

その時はなす術がそもそも無いんだからな。

非常に残念だ。

今ある一ミリの希望がお前をより不幸にする」


そう言葉を発したと同時にオッドは右手に装着している熱線銃でキースを撃った。


しかし、すれすれのところでキースは躱したが白いジャケットには微かにかすり、少し焦げ付いた匂いがした。


その時、ヒョウがピクリと動いたのが見えた。


——もしや……二人のうちの一人は

格納器の中に意識転送がまだされていないのではないか——


キースはそう予測すると、

ヒョウの身体に触れながら自身と彼の意識を肉体へ転送し、

ゲームの外に逃げ出した。

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