第11話 あなたセンスないのよ

「へー、そんなことがあったの」

 アナはさほど興味がなさそうな様子で、フォークの先にスパゲッティをくるくる巻きつけていた。

「彼が出ていったあと、教授が怒って講義がお開きになっちゃったんだから。こっちとしてはいい迷惑よ」

 キーファとアナは大学本棟を出て、周囲に広がるレッドウォール街にあるレストランに入った。レッドウォール大学の学生は、街中のレストランにて特別価格で食事することができるのである。席に着き、アナはスパゲッティ、キーファはサンドイッチをオーダーした。レストランはログハウスのような造りで、内装には緑がたくさん取り入れられており、学生たちで賑わっていた。

「それにしても、そんな天才がいるのに、大学側はどうしてわざわざ場末の人間を教授に据えたりしたんだろう」

「あら。レッドウォール大学の内部情勢は、今の学長に代わってからいい噂がないのよ。キーファ、知ってた?」

 先輩に教えてもらったの、とアナは言った。持ち前の屈託のなさですぐ周囲に溶け込み、重要な情報を難なく得てしまう彼女の一種の才も、キーファにとっては見慣れた光景だった。

「現学長は自分の私利私欲に割と実直な性格らしいわ。趣味は金勘定って揶揄も聞くし。以前も、自分の甥だか親族の教授を無名の大学から呼んだそうよ」

 それを聞いて、キーファの頭にはあの小太りなグレッグ教授が連想された。ジョッシュが二つある研究室について疑問を口にしていたが、おそらく似たような事案なのだろう。哀れな天才少年は権力によって窓際の席に追いやられてしまったようだ。

 あの殺風景な狭い部屋と、新聞を広げた少年の姿が、キーファの中に思い起こされた。

「どんなところでも、そういう争いは起こるものよ」

 アナは金色の髪をかき上げてスパゲッティを口に放り込んだ。キーファはとっくにサンドイッチを食べ終わり、手持ち無沙汰な彼女は、おいしそうにスパゲッティを味わうアナを見ていた。

 多くの学生がそうであるように、教員同士の権力図などキーファは興味がなかった。彼女はただ、昆虫への知的好奇心を満たしたいだけなのだ。頭の固い大人たちのいざこざなんて知った話ではない。

 キーファは氷しか入っていないコップに突き刺さったストローをかき混ぜた。カラカラと小気味よい音が鳴った。

「そうよ、キーファあんた、ジョッシュ君と会ったんでしょ?ねえ」

 突然アナが身を乗り出してきた。テーブルの上の食器が揺れる。

「う、うん、そうだけど」

「ああッ、うらやましい!入学式で遠くから見てたけど、いいわよね彼。背が高くて目が鋭くておまけに首席。んんん素敵!近くで顔が見てみたい。そしてあのナイフみたいな冷たい瞳で見つめられたいわ~」

 そのナイフで突き刺されてしまえ、とキーファは思った。彼女は目を輝かせるアナを諭すように、

「……アナ、私がさっき話したこと忘れたの?あの人、かなり変わった性格してるから、あんまり近づかない方がいいと思うけど」

「キーファ。あなたセンスないのよ」

 アナは爪をいじりながら言った。しかし、こと男運だとか恋愛に関しては、反論できるような材料を、残念ながらキーファは持ち合わせていなかった。彼女はにぎった拳をテーブルの下に隠して話題を無理やり変えた。

「それよりアナ。あなたはほら、何だっけ、考古学の研究室を見てきたんでしょ?どうだったの、感想聞かせてよ」

 すると、それまでの余裕を感じさせる笑みがアナから失せ、眼で人を殺してしまえそうな冷徹な視線をテーブルに落とした。

「……ああ、あの男ね。あいつ、新入生の、女のことばっかり見てたわ。いやらしい目つきで。何だかいけ好かなかったし。顔がいいだけに最悪ね。ったく、あんな男、あの埃っぽい研究室の中でカビくさい土器に埋もれてしまえばいいのに」

 アナはぶつぶつと呪いの呪文を唱え始めた。キーファは隙をみて席を立ち、手早く会計を済ませ、店から出た。あのままだと、男への恨みつらみが詰まったアナの昔話が始まってしまうことは、キーファはよく知っていた。

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