第6話 巣を探し出せ
「いやまあね、ベンが嘘を言ってるとは思えないんです。ジョンストンもまだ見つかっていないですし。しかし、そんな怪物が彼を連れ去ったなんて世迷い事を、我々警察が鵜呑みにするわけにもいかないんですよ、博士。」
マードックの森の前に建てられた木の小屋の中。腹の出た中年巡査部長ニクソンはイスの背にもたれかかったまま言った。巡査部長のデスクをはさんで、乱れた髪のメロと助手のキーファは、うだつのあがらない彼の喋りを黙って聞いていた。
「ベンはなにかと思い込みの強いやつでね。この前も強盗の容疑者としてあいつが双子を捕まえてきたんです。『どちらにもアリバイが成立していない時間があります。二人のうちどちらかが犯人にちがいありません』と言って捜査に励んでいたが、結局その双子は事件に全く関係なかったというオチでね……」
ニクソン巡査部長はその時のことを鮮明に思いだしたらしく、深いため息をついた。
「それは残念です。ところで、ベン巡査はいまどこに?」
メロは話がひと段落したとみて、すかさず口を挟んだ。ニクソンは薄い頭頂部をぽりぽりと掻いて、
「ああ、彼ならとなりの小屋にいますよ。目の前で同僚を連れ去られたんで、かなり落ち込んでいますがね」
ベン巡査は小屋の隅で膝を抱えて小さくなっていた。
「ベン巡査、僕は大学教授のメロニックです。ジョンストン巡査の捜索に協力したいのですが、少しお話をきいてもよろしいですか」
メロは膝を折り、ベンと目線の高さを合わせた。ベンは焦燥しきった目でメロを見つめた。
「……教授さん、俺ぁ見たんだよ。ジョンストンを連れ去った真っ黒い影をよォ……」
新聞に載ってたインタビューの感じとずいぶん印象が違いますね、とキーファはひそひそ声で言った。
「奴は気味の悪い音をぶんぶん立ててどっかに飛んでいきやがった。だが、巡査部長も他の仲間も、俺の話をこれっぽちも信じちゃくれねぇ。『ベンのやつ、また何か言ってるぜ』ってな……」
黄昏時の斜陽を浴びているかのように哀愁を漂わせるベン。そんな彼を見て、キーファはぐっと身を乗り出した。
「私は信じます。あなたが見たモノを。この森のどこかに、きっと怪物がいます」
落ち着いた、確信をもった口ぶりで話す彼女の言葉に、ベンはゆっくりと振り向いた。
「あんた……俺を信じてくれるのか。あんた……いい人だよ……」
そう言ってベンはキーファの両肩をがしっと掴み、そのまま啜り泣き始めてしまった。キーファは困惑した表情でメロの方を見た。
「なんというか、君は変わった男に好かれやすいみたいだ」
メロは小さく笑った。
メロ、キーファ、そしてベンの三人は森の中に入った。背の高い木が生い茂るマードックの森は、日中もうす暗かった。
「……しかし教授。一体どうやってあの怪物を捜し出すんです?この森の中はすでに警察がくまなく洗い出したはずだぜ?」
メロのとなりで銃を腰に下げたベンが訊ねた。
「ベンさん、彼らが捜していたのはジョンストン巡査――人間であり、怪物の方じゃありません。意識していないモノは視界に入ってもそのまま通り抜けてしまいます。キーファ君、肉蜂が潜んでいる場所の予想はついているかい?」
「多くの蜂と同じく、肉蜂も地中に巣穴を掘ります。巣の入り口は掻き出した砂が積もっているはずです」
それを聞いてベンは目を丸くした。
「蜂?ジョンストンを連れ去ったのが蜂だっていうんですかィ……?」
「そうです。奴らの巣さえ見つけてしまえばこっちのものです。巡査を救出し、巣穴に水をぶちこんでやりましょう。肉蜂の巣は水に弱いのです」
しかし、巣穴は見つからなかった。日はすっかり傾き、時刻はすでに午後六時を回っていた。三人の足取りも重く、捜索の能率も目に見えて低下していた。
「教授さん、もうすぐ夜だ。遅くまでここにいると、ミイラ取りがミイラになりかねないぜ……」
ベンが立ち止まり、メロとキーファもその場に座り込んだ。
「まずいな……。家畜たちが一週間であの姿になっていたことを考えると、一刻も早く巡査を見つけなければならないのに」
メロはかばんから地図を取り出し、まだ探索が済んでいない場所を確認する。キーファは上を見上げ、葉の隙間からのぞく夜の空を眺めていた。
「待って」
キーファがすっと手を挙げた。
「どうした、キーファ君」
「何か聞こえます……」
「?本当ですかィ。俺には何も――」
キーファが口に手を当てて「静かに」と呟く。暗い森の中を風が吹き抜ける。
「近づいてくる」
最初は小さなノイズでしかなかったその音は徐々に大きく鮮明になり、もう三人の耳にははっきりと空中を震わせる羽の音が聞こえていた。
「キーファさん、教授、こいつです!俺が聞いた音は」
どんどん音は大きくなる。ベンは耳をふさいであたりをぐるぐる見回す。
音の正体は突然姿を現した。木の陰から出てきたそれは、三人の中で最も背の高いベンよりも明らかに大きく、体中がまっ黒で光沢を帯び、胴の先には鋭く巨大な針が顔を出している。頭部に赤く光る水晶のような大きい眼は、獲物のようすをじっと品定めしているようだった。
常識を超えた生物の姿を目の当たりにして、三人は身動きがとれなかった。銃身に伸びかけていたベンの右手も痙攣を起こして、敵の異様な圧力をただ浴びるばかりだった。
「!!博士、危な――」
キーファが言い終わらぬうちに肉蜂はメロの手前まで急速に接近し、彼の腹部に槍を一突きした。メロは声も出ず、がたがたと全身を震わせて倒れた。
「いやだ!博士!!やめろ!!!!!」
地にへたり込んだキーファが叫ぶ。叫ぶこと以外できなかった。
黒い影はメロの身体を脚で鷲づかみにし、森の奥へと消えていった。
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