「書く / 書かれた」

 黒板の数字。そして、その数字を有機的なものに変えていく諸記号。数字と諸記号は体系を構築し、意味を帯び、いくばくかの問いを生じさせる。問われたものは、応答を強いられる宿命にある。応答の拒否さえ応答の一種であり、聞かないふりをすることですら――それが「ふり」というからには――応答にすぎない。


 応答の一種として反問という手があるが、教師の問いを問いで返すことにより、いくらかの犠牲を払わなければならないことは、言うまでもない。それは個人的な制裁の形を取ることもあれば、連帯的な責任の体裁で贖罪をさせられることもある。水平的な関係性に還元されることのない、学校という機構における自生的ともいえるヒエラルキーの形成。それに起因する――直接的というより――構造的暴力を回避するために、私たちの手元にあるのは、応答の模範例が書きこまれた台本であり、それを諳んずることにおいて消極的平和は達成されるのである。


 ところでその台本には、応答を迫る問いに対する正答が書かれていない――いや、書かれてはいるものの、それは、書かれたものであるからこその、逃れられない運命により、書かれていないことを擬制している。つまり、書くという「一度きりの行為」によって可視化された、その書かれたものを、私たちは「何度でも読むことができる」という避けることのできない性質である。それにより、その台本に書かれたことは、それを読む各々が自由に解釈できるという扉が開かれる。よって、単一の正答は存在しえない。


 そうである以上は、書かれたものに主権は宿らない。そして私たちもまた、書かれたものと相似の存在なのである。

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