「定義めいたものの凋落」

「一」と「一」を足したら「二」になるという算数の初歩的な定義めいたものの無根拠性なんて、暴きほうだいである――と、私は思っている。


 もしこの定義めいたものが、仮に、社会的な圧力などにより変更不可能であるとしたところで、変更可能な主体である私は変更不可能にはならず、持続的に変更可能である。そしてその私が、その定義めいたものを完全に受けいれないことによって、その根拠を否定できる。だがこうした戦略を採れば、「標準王様」の命令により私は監獄に収監され、その定義めいたものを受けいれるように調教されるだろう。


 その定義めいたもの――「二」を作成する錬金術――が怪しい設計図に拠っていることを完全に暴くためには、私と同じ戦略を私たちが実践し、「標準」の外部に身をおかなければならない。謀略により「標準」の監獄から大量脱獄をすることを実行に移せば、私たちは「二」を生成する手段、もしくは「一」というマテリアルの本質を再検討することができるのである。


 こうした定義めいたものの凋落のためには、それを相対化する契機が必要になるのは当然で、だけれど、私たちはこの定義めいたものの無根拠性を――上述の相対化の戦略により――暴いたとき、社会というものを維持する気力をおそれなく抱くことができるだろうか。おそらく、できないだろう。この社会のアンバランスな均衡の失墜のおそれこそが、「一」と「一」を足すと「二」になるという無根拠な根拠を根拠あるものとする現代的な魔法である。


 私はノートをとることなく、数字を――数式ではなく――じっと見つめて、チョークがなければその数字は可視化されなかったという、書かれたものが、書かれるという行為に従属させられる、このむごたらしさを考えた。

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