第16話

 ポイテルはフォーチュンクッキーのことをさんざんバカにしたあと、茂みの中から立ち上がる。


「それじゃ、そろそろやるっぽいかな。お前たち、一気に突撃っぽいことしてみたら?」


「えっ? もう? リーダー、モエルドリは寝付いたばっかりだから、完全に寝るまで待ったほうが……」


「うるさいっぽいなぁ、こんな寒い森の中で待つだなんて、もう嫌っぽい。

 それに、あんなクソ雑魚の寝込みを襲うだなんて、超クソ雑魚っぽくない?」


 ポイテルに急かされ、戦士たちは茂みから追い出される。


「モエルドリに火打ち石を使わせなければ、未使用の火打ち石が手に入るっぽいよ」


 ポイテルは他人事のように言っているが、ようは『一撃で倒せ』と戦士たちに命令していた。

 しかしモエルドリに火打ち石を使わせずに倒すのは、至難の業といえる。


 魔術師でもいれば、気付かれる前に即死級の大魔法でも叩き込んでやればいい。

 しかし脳筋トリオでは火の玉ひとつ出すことはできない。


 彼らにできることといえば、こっそり近寄って最大級の剣技ソードスキルを食らわせることである。

 戦士トリオは慣れぬ足取りで忍び足を始めた。


 ここで、ジャックがなぜウィサー森林を避けたのかを、彼の言葉を引用して説明しよう。


『中型以上のモンスターと戦うときは、不意討ちが基本だ。

 代表的なのは巣を見つけ出して、寝込みを襲うことだよな。

 しかし、今の季節は森林は枯れ草だらけだ。

 枯れ草ってのは踏んづけると、案外大きい音がするもんだ。

 いくら足音を殺したところで、そんな音をたてたら一発で飛び起きちまうだろうな』


 ……パリッ!


 フォーチュンクッキーを踏み砕いたような音が、静かなる森に響き渡る。

 巣の中で身体を丸め、ウトウトしていた鳥頭の眼が、


 ……ギンッ!


 と見開いた。


 モエルドリはダチョウのように首を伸ばし、あたりを見回す。

 「しまった!」と固まっている戦士トリオを見つけるや否や、


「キェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 飼い主から『寝過ごして鳴くのが遅れたら鶏肉にする』と言われていたニワトリのように飛び起きた。

 戦士トリオは一瞬怯んでいたが、すぐに背中に担いでいた獲物を構えると、


「と……突撃ぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 蛮声とともに、モエルドリに向かって突っ込んでいく。

 しかし、両者の距離はだいぶ離れている。


「キエッ! キエッ! キエッ! キェェェェェーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 モエルドリはこれでもかと翼をバタバタはためかせ、ヒステリックに泣き喚く。


 そしてついに、例の得意技の動作に入る。

 マッスルポーズのごとく両の翼を広げたあと、前方に羽ばたかせると、


 ……カァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 坂道を転がる大岩どうしがぶつかったような音が、森の木々を震わせた。

 次の瞬間、あたりが炎に包まれる。


 突っ込んでいる真っ最中だった戦士トリオは、その灼熱をまともに浴びてしまった。


「うわっちぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 身体のあちこちに火がついた彼らは、たまらずあたりを転げ回る。

 茂みで見ていたポイテルは、身を乗り出して怒鳴った。


「ちょ、何やってるっぽいの!? そんなクソ雑魚、早くやっつけたほうがいいっぽいのに!?」


「キェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 『クソ雑魚』という言葉に反応したかのように、モエルドリはポイテルに向かって突進。

 ガンガンと火打ち石を打ち鳴らしながら。


「うっ、うわっ!? 熱いっぽいぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 パーティメンバーは全員、一瞬にして火だるまになってしまう。

 クソ雑魚呼ばわりしたモンスターにゲシゲシと蹴られながら、のたうち回っていた。


 ようやく身体についた火だけは消し止めたものの、彼らは自分たちの犯した最大の罪に、ようやく気付く。

 すでにボロボロになった彼らに、追い討ちをかけるように取り囲んでいたのは……。


 高波のように燃え上がる、炎っ……!


 ジャックはこれを、最大の危惧の2番目として挙げていた。


『この季節の森林は乾燥しているし、それこそまわりは燃えるものだらけだ。

 いちどでも火が付いたら、まわりには一気に大火事になるぞ。

 そうなると、もはや戦闘どころじゃなくなる。

 森の中を逃げ惑う、ウサギ同然になっちまうぞ』


 ポイテルたちは、まさにその通りになっていた。


「にっ……逃げるっぽいぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 炎に巻かれながら、森の中をひたすら逃げ惑う。

 モエルドリをそっちのけにしておきたかったのだが、どこまでもどこまでも追いかけてきて、彼らの頭をクチバシで突きまくった。


『モエルドリは相手が格下だとわかると、火打ち石を使うのをやめるんだ。

 追いかけて、クチバシで突いて弄ぶんだよ。

 そして、そうなるとますます厄介なんだ。

 モエルドリに頭を突かれると、不思議と方向感覚がわからなくなって、同じところをグルグル逃げ回ることになるからな』


 ポイテルたちは、まさにその通りになっていた。


「うわあああんっ!? どこまで行っても森が続いてるっぽい!?

 なんでなんで、なんでぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?」


 戦士トリオはもう、ポイテルをリーダーとは思っていなかった。


「この、クソ剥ぎ取り師がっ!

 お前のあとについて逃げたらこの有様だっ!」


「この役立たずがっ! どこまで方向音痴なら気が済むんだよっ!?

 もうコイツはほっといて、俺たちだけで逃げようぜ!」


「おい、クソ野郎! 最後くらい剥ぎ取り師らしい仕事をして見せろっ!」


 戦士トリオはポイテルを突き飛ばし、追いかけてくるモエルドリに押しつけた。

 ポイテルが犠牲になっているスキに、彼を置いてさっさと逃げ出す。


 ポイテルは倒れ伏すと、頭をピータンのようにされながら叫んでいた。


「おっ、置いてかないっぽいし! 助けるっぽいしぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 しかし、戦士トリオはどんどん遠ざかっていく。


 火の海とモエルドリのなかに取り残されたポイテル。

 なんとか逃げのびた戦士トリオ。


 分裂したパーティの命運は大きく分かれてしまったかに見えた。

 かたや地獄、かたやギリギリ生還。


 ……本当に、そうなのだろうか?


『俺の言いたいことはまだあるぞ。

 これから言うことが、ウィサー森林でモエルドリと戦うことに対して、いちばん危惧してることだ』


 ジャックはサロンにいるメンバーの顔を、ひとりひとり見据えながら続ける。

 お前らにはその覚悟があるのかと、問いかけるように。


『仮に森が火事になったとして、俺たちが痛い目に遭うのは別にいい。自業自得だからな。

 だが森のそばには村があるんだ。そこに延焼したとしたら、どうなると思う?』


 戦士トリオたちは、まさにその通りになっていた。


 命からがら助けを求めた村は、すでに全焼。

 焼け出されて途方にくれる者、助かって抱き合う者、そして……。


 黒焦げの姿のまま、農具を手に、この厄災を村にもたらした者の帰りを待つ者……!

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