第14話

 『フォーチュンクッキー』のギルド本部。

 サロンで留守番をしていたプリシラは、朝からずっと落ち着かなかった。


 見た目はいつもと変わらないのだが、作るクッションの量は倍に増え、またうっかり針を指に刺してしまうことも多くなり、その都度ママベルの治療を受けていた。


 旅立ったギルドメンバーたちが戻ってくるのは、早くて1週間、遅い場合は2週間くら後になるだろうと思われていた。


 そしてプリシラはこうも思っていた。

 そのあいだずっと、こうして悶々とするのだろう、と。


 彼女の大きな杞憂はふたつ。


 ひとつは、みんなが無事で帰ってきてくれること。

 クエストなどよりも、そのことが何よりも心配であった。


 そしてもうひとつは、アレ●●を見た仲間が、どう思うかということ……。

 それを想像するだけで、顔が火が出るような思いであった。


 特に後者は考えるだけで卒倒しそうになってしまう。

 あと1週間以上もこんな気持ちでいたら、恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。


 しかし仲間たちが戻ってきたのはなんと、出発してから3日後の夕方であった。


 こんなに早く戻ってくるということは、道中で事故にあって引き返してきた以外に考えられない。

 ネガティブ思考のプリシラはそう思っていた。


「ただいま戻りました……」


 仲間たちは大袈裟なくらいにうなだれて、フラフラとサロンに入ってくる。

 純粋なプリシラは、その反応を真に受け、こっぴどい失敗したのだろうと誤解した。


 慌てて立ち上がると、みなを慰める。


「あっ……み、みなさん、お疲れ様でした。

 今回は残念でしたけど、また次がありますから、お気を落とさないでください」


 プリシラが今にも泣きそうな顔をしていたので、仲間たちは「しまった、やりすぎた」と後悔する。


 続いてサロンに入ってきたのは、外に馬車を停めていたオネスコ。

 オネスコは掃除をさぼる男子生徒を注意する、委員長のように言った。


「みんな、悪ふざけしちゃダメでしょう!? 報告はちゃんとしないと! いくわよ、せーのっ!」


 オネスコの音頭で仲間たちは一斉に、パアッと花咲く笑顔を作り、


「プリシラ様っ、ママベル様っ! クエスト、達成しましたぁーーーーーーーーーーーーっ!」


 「ええっ!?」とプリシラの深海のような瞳がざわめく。


 さっそく残念会のお茶の準備を始めていたママベルも、「ちりんっ!?」と驚く。

 彼女はポットを傾けたまま固まって、カップに紅茶をあふれさせていた。


 プリシラが「ほっ……本当なのですか?」と尋ねると、「はいっ!」と即答が返ってくる。

 メンバーはピシッと整列すると、深々と頭を下げた。


「み、みなさん、どうされたのですか……?」


「ありがとうございます、プリシラ様!」


「えっ」


「クエストが達成できたのも、プリシラ様のおかげです!」


「わ、わたしの……?」


「はい! プリシラ様のクッションがあったおかげで、モエルドリを完封できたんです!」


 そこから仲間たちは、せきを切ったように話し始める。


「モエルドリ、ビックリしてました! 何回やってもモスッモスッてなって、ぜんぜん火が付かなかったんですよ!」


「あの顔、ケッサクだったねぇ! プリシラ様にも見せてさしあげたかったよ!」


「ボク、その時の絵を描きました! 見てくださいっ!」


 アーチャンが差し出したのは、クエスト依頼書の裏に描かれた落書き。

 そこには、翼を打ち鳴らしながら目を白黒させているモエルドリのイラストがあった。


 それがあまりにもコミカルだったので、仲間たちはどっと笑う。

 プリシラも笑ってくれるだろうと、みな思っていたのだが、


「ううっ……!」


 彼女は、泣いていた。

 途端、みなの顔から笑顔が消える。


「ど……どうしたんですか、プリシラ様?」


「も……もしかして、クッションをこんな風に使われたのが、嫌だったのですか?」


 するとプリシラは慌てて首をふるふる左右に振った。


「い、いいえ、違うのです。クッションの使い道は、おじさまから伺っておりましたので……」


「ではなぜ、泣いておられるのですか?」


 そう尋ねられたプリシラは、自身も戸惑った様子で、両手で顔を覆う。


「ご、ごめんなさい。は……初めて知りました……。

 涙って、嬉しくても出るものなのですね……」


 抱きしめたら壊れそうなほどに細い肩を震わせるその姿は、姫巫女ではなくひとりの少女であった。


「わたし、ずっと皆さんのために何かできないかと思っておりました。

 でもわたしはフォーチュンクッキーを作ることでしか、皆さんのお役に立てませんでした。

 おじさまにクッションをお願いされたときは、半信半疑でした。

 でも、みなさんのお話を伺っていたら、とってもお役に立てたようで……。

 それが、とっても……とってもとっても、嬉しくって……!」


 ギルドメンバーたちは少女の思いを知り、熱いものがこみあげてくる。

 まさか自分たちのことを、ここまで思っていてくれただなんて、と。


 そして改めて、ジャックの言葉の意味を噛みしめていた。


『みんな、もうひとりお礼を言わなきゃならんヤツがいるのを忘れるなよ』


 そう、ジャックはクッションを作ったプリシラも、同じ戦いに参加したメンバーだと思っていたのだ。


「……プリシラ様っ!」


 ひとりの少女を中心として、ひとつになるように身体を寄せ合う『フォーチュンクッキー』のメンバーたち。

 それはさながら、めしべを守る花びらのようであった。


 その様子を、離れた場所で見守っていたママベルも、思わずもらい泣き。


「ちりんちりん……なんて素敵な光景なんでしょう……」


 「ママベルさん! あなたもこっちに来て!」とオネスコが手招きする。


「えっ、ママも?」


「当たり前でしょう! あなたはおいしいお弁当を作ってくれたんだから!

 あのお弁当のおかげで元気いっぱいに戦えたのよ! ありがとう!」


 仲間たちの「ありがとうの輪」に大聖女も加わる。

 再び戻ってきた笑顔に、そこは万満開の花畑のようになった。


 そこに、最後のメンバーが戻ってくる。

 彼は帰還して真っ先に台所に寄っていたのだが、サロンに入ってくるなり、せっかくの空気をブチ壊しにしていた。


「グハアッ!? なんだこりゃ!? この酒、超すっぺぇ!」


「あっ、すみません、おじさま。そちらは瓶はお酒なのですが、中身は手作りのお酢なのです」


「酢ぅ!? だったらラベルに酢って書いとけよ!」


「ああっ、本当にごめんなさい。次からは気をつけて……」


「ちょっとジャックさん! プリシラ様になんて口の利き方してるの!?

 プリシラ様も、あんな人に謝る必要なんてありません!」


「待てよ、酢が作れるんだったら酒も造れるんじゃねぇか?

 おいプリシラ、今度は酒を……」


「ちょっと、姫巫女に密造酒を造らせようとしないで!

 まったく、あなたって人はぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」


「ちりんちりーん。うふふ、ジャックちゃんが来てから本当に、このギルドは賑やかになりましたねぇ」

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