第13話

 それからもジャックの剥ぎ取りは続く。

 目的の部位であるはずの、火打ち石と油臓はそっちのけで。


 しかしもう、文句を言う者はいなかった。


「す、すごい……」


「もう1時間以上は剥ぎ取って、100回以上はナイフを入れているはずなのに……」


「それなのにぜんぜん、土に還らないだなんて……」


「こ、これが、プロの剥ぎ取り師の、仕事……」


 ジャックは、せせり、手羽先、レバー、ぼんじりと、すべての肉を捌ききる。

 それどころか皮も剥ぎ、毛もすべてむしり取っていた。


 剥ぎ取られた続けたモエルドリは、最後は肋骨のない骨格標本のようになってしまう。

 ここまでやってようやく、「よし、これで終わりだ」とジャックはクルリナイフをしまった。


「ここまでやったんだったら、残った骨も全部剥ぎ取っちまえよ」とグロックが突っ込む。


「いや、頭蓋と背骨は残してやらないと、土に還ったあとに復活しなくなるんだ。

 どうしても必要な時以外は『全剥ぎ』はナシだ」


 ジャックはモエルドリの頭蓋骨の前に移動すると、そっと頭を撫で、つぶやいた。

 「ありがとう」と。


 周囲にいたメンバーたちは、呆気に取られる。

 骨に向かってお礼を言うだなんて、と。


 ジャックはいぶかしげな仲間たちを気にも止めず、まるで戦友が眠る墓標のように話しかけていた。


「お前が死んでくれたおかげで、俺たちはまた生きていける。

 お前の命で、俺たちはまた強くなる。

 約束するよ。お前からもらった部位は、何ひとつとして無駄にはしないことを。

 だから……安らかに眠ってくれ。ありがとうな」


 すると、モエルドリの骨は、頷き返すように……。

 その役目を果たしたことに、悔いなどないかのように……。


 ……ぶしゅぅぅぅぅぅぅ……!


 崩れ去り、ドロドロに溶け、渇いた土地を潤すように染み込み、消えていった。


 その奇跡のような光景に、ギルドメンバーはたちはすっかり言葉を失う。

 いつもならモンスターが土に還ったあとは、物欲神センサー様に祈りを捧げるのだが、それもすっかり忘れていた。


 ジャックは剥ぎ取りが始まってからは、ずっとモエルドリに専心するかのように身体を向けていた。

 しかしここでようやく、ギルドメンバーのほうに首だけでなく、身体ごと振り返る。


 彼らの顔を、ひとりずつ見渡したあと、


「これは、俺たちとモンスターの戦いだ。

 だから、ヨソ者の女神なんかには感謝しねぇ。

 俺が感謝するのは、死んでくれたモンスターと、いっしょに戦ってくれたお前たちだけだ。

 ……ありがとうな」


 ニッ、と微笑むジャック。

 その、ジャックにしては珍しい真面目な笑顔は、レアアイテムが剥ぎ取られた時以上の破壊力があった。


 向けられた者たちの頬が、人知れずポッと染まる。


 その先頭にいたオネスコは、笑顔をマトモに浴びてしまい、心臓をずぎゅんと撃ち抜かれていた。

 そして止めどなく溢れ出したドキドキに、内心パニック状態。



 ――えっ、えええっ!?

 なっ……なんでわたくしは、こんなにドキドキしているのっ!?


 こっ、こんなガサツで飲んだくれで、無神経で無礼でいい加減な男の人に……!

 ななっ、なんで!? なんでぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?


 わ、わたくしもしかして、赤くなっちゃってる!?

 やだ! そんなのを見られたら、誤解されるじゃない!?


 いっ、いますぐ顔を……!

 あっ、いやいや、顔を押えたら余計にバレちゃうかも……!?



 などと逡巡している少女の隣から、別の小柄な少女が歩み出る。


「あ……ありがとう、ジャック……さん」


 はにかみ笑顔のアーチャンであった。

 すると、他の仲間たちも次々と「ありがとう」の口火を切る。


「アタイこそ礼を言うよ、ありがとう、ジャック!」


「お礼を言うなんてガラじゃねぇから、今日しか言わねぇぞ、オッサン! サンキューな!」


 次々とあふれる感謝の気持ちに、オネスコはあうあうするばかり。

 完全に、ビックウェーブに乗るチャンスを逃してしまっていた。


 そして最後にようやく一段落つき、良さげなタイミングを見つけたものの、


「じゃ、ジャックさん。わたくしからも、いちおう言わせてもらうわ。

 で、でも、勘違いしないでよね! みんなが言うから、仕方なく……」


「みんな、もうひとりお礼を言わなきゃならんヤツがいるのを忘れるなよ」


 話題を切り替えられてしまい、オネスコは「へっ」となってしまう。

 ジャックの意識はすでに、地平線の彼方に飛んでいた。


「おっと、そろそろ夜明けか。どうする? このままキャンプするか?

 みんな疲れてないなら、このまま帰るって手もあるが」


「ボク、かえりたーいっ!」


「そうだな、早いとこクエスト達成の報告をしようぜ!」


「プリシラ様とママベル様、きっとビックリするに違いないよ!」


 リーダーのはずのオネスコが「えっえっ」となっているうちに、場にはどんどん帰宅ムードが高まっていく。

 「よーし、それじゃあ出発だ!」とジャックが拳を掲げると、オネスコ以外の仲間全員が、まるでひとつになったかのように、


「おおーっ!!」


 と、元気いっぱいに応じていた。

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