第12話

 ジャックは仲間たちを後ろに下がらせると、改めてモエルドリの前に立つ。

 しばらくうつむいて、黙祷を捧げるように死体を見下ろしたあと、腰のナイフを引き抜いた。


 腕のように長く、腕のようにまがったクルリナイフ。

 その刀身が、この世界にもうひとつの月が浮かび上がったかのように輝く。


 あのナイフが死体に差し込まれた途端、1分のカウントダウンがスタートする。

 またナイフを入れられる回数には制限があって、どんなに剥ぎ取りが上手な人間でも3回が上限とされている。


 時間と回数、どちらが片方でも過ぎたら死体は崩れ、土に還っていく。

 だからこそ、剥ぎ取りという行為において、最初のアクションは何よりも重要とされていた。


 ……ごくりっ! と喉を鳴らすギルドメンバーたち。


 彼らはプロの剥ぎ取り師の仕事を見るのは始めてであった。

 いかにして『火打ち石』を剥ぎ取るのかと、目を皿のようにしてジャックを見ている。


 しかしその一挙手目は、誰もが思いも寄らぬ場所に振り下ろされた。


 ……ドスッ!


 それはなんと、モエルドリのどてっ腹……!


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 火打ち石とはまったく関係のない部位だったので、ギルドメンバーたちは目玉が飛び出しそうになっていた。


「ちょ、ちょっと!? ジャックさん、なにをやっているの!?」


「火打ち石を剥ぎ取らなきゃダメじゃないか!」


「ああん、3回のうち、あんな所に1回目を使うだなんて!」


 しかしもうジャックの手は止まらない。

 まるでヤジが聞こえていないかのように、モエルドリを開腹していた。


 そして現れる、『鉄格骨てっこうこつ』。

 それはまるで奥にある臓器を捕らえる監獄のように、ジャックの前に立ちはだかった。


 「あちゃあ……!」という声が背後からする。


「言わんこっちゃない、鉄格骨だ!」


「初めて見たけど、本当に鋼鉄みたいに堅そうじゃないか!」


「あんなの、どうやったって切れっこないよ!」


 焦れたようにオネスコが叫ぶ。


「ああん、もう、見てらんない!

 みんな、ジャックさんはほっといて、わたくしたちで火打ち石を……!」


 と、飛びだそうとした者たちの前に、


 ……カラーーーンッ!


 鉄パイプのような物体が、コロコロと転がってくる。

 ブーツにあたったそれを、オネスコは拾いあげた。


「これ、なにかしら……?」


 そう思っている間にも、ジャックの手からは次々と鉄パイプが転がされてくる。

 その奥にあったのは、剥き出しの内臓。


 そう、ジャックはナイフ1本で、|鉄格骨を切り裂いていたのだ。

 ベテランの脱獄囚のような、手慣れた手つきで……!


 「え……えええっ!?」とアゴが外れたような顔になるギルドメンバーたち。


「な、なんであんなナイフで、鉄格骨が切れるの?」


「見てごらん、まるで木の枝みたいにサクサク切ってるじゃないか!」


「もしかして、そんなに堅い骨じゃないのか……?」


「転がってきた骨を見てごらん! 完全に鋼鉄の棒じゃないか!」


 オネスコは目を細め、ジャックの手元を観察していた。

 よく見ると、ジャックは鉄格骨の間にクルリナイフを差し入れると、くの字に曲がった刀身を骨の内側に引っかけ、まるで鎌で草を刈り取るように切断していた。


「わ……わかったわ! 鉄格骨の内側は、弱くできてるのよ!」


 「ご名答」とジャックは手を休めることなく答える。


「鉄格骨は内臓を守るために外側は頑丈で、刃や打撃を弾く性質がある。

 その代償として内側は弱くできていて、こんな風に簡単に刃が通るんだ。

 あ、それと、骨は持ち帰るからしまっておいてくれ」


 背中を向けたまま指示され、ギルドメンバーたちは転がってきた骨を拾い集る。

 戦利品入れであるリュックにしまう。


 その最中、グロックが気付く。


「待てよ、鉄格骨を切れるってことは、その奥にある内臓も剥ぎ取れるってことだよな?」


 「ハッ!?」とした様子で顔を見合わせるメンバーたち。


「ってことは、『油臓』も……!?」


「そ、そうか! ジャックは最初から『油臓』狙いだったんだ!」


「そりゃそうだ! 鉄格骨が切れるほどのヤツだったら、火打ち石なんてどうでもいいよな!」


「うっ……うっそぉぉぉぉーーーーーーーーっ!?」


 メンバーたちはまるで、棚を空けたら黄金のボタモチを見つけたような顔つきになった。


 無理もない。

 もともとは100万エンダーの火打ち石狙いだったのに、その50倍以上も価値のあるブツが手に入るとわかったのだから。


 ジャックの背中を見つめる彼らの瞳は、1億エンダープレイヤーの父を持つ子供のようになっていた。

 その父は「よし、獲れた」とある部位を引きずり出し、「ちょっと取りに来てくれるか」と子供たちを呼ぶ。


 「はいっ!」と喜び勇んで駆けつけたメンバーが手渡されたものは、ただの肉の塊であった。

 「なに、コレ……?」と、長女のようなオネスコがつぶやく。


「それは『もも肉』だよ。唐揚げにするとうまいぞ」


 「とっ……鶏肉ぅぅぅぅ~~~~~~っ!?!?」とハモる子供たち。


「こんなどうでもいい部位、剥ぎ取ってる場合じゃないでしょう!?」


「そうだよ! 早く『油臓』を剥ぎ取らなきゃ!」


 じれったそうに身体をゆするメンバーたち。

 しかしジャックは、どっしり構えた父親のように焦ることなく諭す。


「おいおい、どうでもいい部位なんてこの世にはないぞ。

 それに慌てるな。ちゃんと『油臓』も剥ぎとってやるから」


「そ、そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょう!? 早くしないと、土に還っちゃうんだから……」


 急ききるオネスコの言葉は、だんだん消え入るように小さくなっていった。

 ついにあることに気付いてしまったからだ。


「も……もう、1分なんてとっくに過ぎてるはずなのに……。

 それなのに、どうしてモエルドリは土に還らないの……?」


 「これがプロの仕事ってやつさ。はいこれ」とジャックは次の部位を手渡す。


「こ、これは……?」


「ソイツは『むね肉』だ。煮物やサラダにするといいぞ」


「まっ、また鶏肉ぅぅぅぅ~~~~~~っ!?!?」

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