第11話

 ジャックが手にしていたのは、彼の半身ほどもある大きなペアクッション。

 それぞれに、デフォルメされた男の子と女の子が描かれている。


 これからモンスターと命をやりとりするというのに、これほど相応しくないアイテムもない。

 それを何のてらいもなく持つジャックは、まるでモンスターと添寝をしようとする、頭のおかしいオッサンにしか見えなかった。


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 しかし物陰のメンバーが絶叫してしまったせいで、それまでグッスリだったモエルドリが薄目を開ける。

 ジャックは慌ててトリモチを取り出すと、モエルドリの火打ち石に貼りつけた。


 そしてその上から、クッションを押しつける。

 するとクッションは火打ち石に張り付き、まるでモエルドリがクッションを持っているかのような見た目になった。


 このままモエルドリが眠ってしまえば、ファンシーな寝相のできあがりなのであるが……。

 そうはならず、モエルドリはむっくりと起き上がった。


 ジャックは後ずさりしながら叫ぶ。


「よし、みんな、来いっ! 戦闘開始だ!」


 控えていたギルドメンバーは、わたわたと物陰から飛び出す。


「いったい、何がなんだっていうの!?」


「ジャックはいったい何がしたかったんだい!?」


「さぁ、さっぱりわかんないよっ!?」


「せっかく寝込みを襲ったのに、これじゃ意味ねぇじゃねぇか!」


 メンバーは優位を吹っ飛ばされたせいで、文句たらたら。

 しかしその文句すらも、すぐに吹き飛ばされる。


「キェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 起き上がったモエルドリは怪鳥のような雄叫びを轟かせたあと、翼を大きく広げた。

 「さっそく火打ち石が来るわっ! みんな、気をつけて!」と先頭のオネスコが警告する。


 その予想は半分当たっていて、半分ハズレていた。

 本来ならば、モエルドリが羽ばたくように翼を合わせた瞬間、荒野の冷たい空気を震えさせるほどの大音響で、


 ……カァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 と火打ち石の激音が鳴り渡るはずであった。

 しかしメンバーの目の前で起こったのは、


 ……モスッ!


 という、なんとも気の抜けた音のみ。

 そこには、正面衝突したようなクッションがあった。


 火打ち石の衝撃に備え、腕で顔を庇っていたメンバーは唖然とする。


「う……ウソっ!? 火打ち石が鳴らないだなんて……!?」


「まさかジャックは、これを狙って……!?」


「す、すごいよ! モエルドリの火打ち石を、まさかこんな方法で封じるだなんて!」


「火打ち石がなけりゃ、モエルドリなんか雑魚だっ! よぉし、ガンガンいくぜーっ!」


「おおーっ!!」


 ジャックが仕掛けたクッションは、タルの炸薬以上の効果をもたらし、タルの炸薬以上のハッパとなってメンバーを奮い立たせる。

 ジャックはひと休みしようと、戦闘区域から離れようとしたが、


「やってやるぜ! 我が魂に宿る熱き闘魂よ! 炎となりて……」


「おいおい、ちょっと待て、グロック」


「なんだよオッサン、邪魔すんなよ!?」


「せっかく火打ち石を封じたのに、炎属性の魔法を使ったら意味ないだろ。

 ヤツの羽ばたきで、周囲には霧状の油がまき散らされてるんだぞ」


「あ……そっか」


「やれやれ、しっかりしてくれよ」


 若き魔術師グロックは、唱えようとしていた魔法を『マジックアロー』に切り替えて援護を開始する。


 彼らは実施期間のあいだずっとモエルドリを意識した戦闘訓練を行なっていた。

 それに加えて、火打ち石ナシというハンデキャップ戦だったので、展開は一方的となる。


 小一時間ほどで、


「ギェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」


 張りつめた空気の中には、モエルドリの断末魔が響き渡る。


 短い戦いではあったが、密度の濃い内容であった。

 メンバーは誰もが汗びっしょりで、肩でぜいぜいと息をしている。


「か……勝った……!」


「アタイたちが、モエルドリに勝てるだなんて……!」


「しかも、ケガ人はゼロだよ!?」


「やっ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 メンバーたちは感極まって、オネスコを中心として抱き合い、健闘を称えあった。

 はしゃぐ彼らの横を、汗ひとつかいてないジャックがスタスタと通り過ぎる。


 オネスコがその姿に最初に気付き、他のメンバーもいっしょになってジャックを目で追う。

 ジャックは首をコキコキ鳴らしながら、横たわるモエルドリと対峙していた。


「さぁーて、いっしょやりますか」


 後ろから、オネスコが駆けてくる。


「そうね、みんなで剥ぎ取りしましょう! 1分しか時間がないから、左右の火打ち石に分かれて……」


「いや、お前たちは手を出すな」


「えっ」


「ここからは俺の出番だ。だから、黙って見てろ」


「ええっ!? ひとりじゃ無理よ!

 剥ぎ取りの本によると、火打ち石を剥ぎ取るには4人がかりでやらないと、とてもじゃないけど間に合わないって書いてあったわ!」


「いいから任せとけって」


「わ……わかったわ。じゃあ、ジャックさんのお手並み拝見といきましょう。

 でも少しでも間に合わなさそうだったら、すぐに手伝うからね!」


 引き下がったオネスコは、首から下げていた認識票ギルドタグを外す。

 そこには、女神の護符がぶら下げられていた。


「じゃあみんなで物欲神センサー様にお祈りして、ジャックさんの剥ぎ取りを応援しましょう!」


 メンバーたちはもとより祈りを捧げるつもりであったのか、すでに護符を手にして整列していた。

 しかしジャックは「やめろ」と短く切って捨てる。


「俺の剥ぎ取りに、祈りはいらねぇ」


 オネスコは「ええっ、でも、剥ぎ取り前にはお祈りしないと、物欲神センサー様がお怒りになって……」と食

い下がる。


「いるかもわからねぇヤツの顔色なんて伺ってどうするんだよ。

 それに俺のやったことが、そんなヤツの手柄になるだなんて、まっぴらごめんだね。

 いいから黙って見てろって。

 それに言ったろう? お前たちが立ち向かったら、俺も応えてやるって」


 ジャックは仲間たちに背中を向けたまま、顔だけを傾けて、彼らにウインクした。


「最高の仕事やってやつを、見せてやるよ」

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