第10話

 フォーチュンクッキーのサロンでは、炎上鳥モエルドリ討伐の作戦会議が開かれていた。

 ギルドの司令塔役であるオネスコは、グロリアス王国の地図が貼られた黒板の前に立ち、ある一箇所を指さす。


「モエルドリは主に、森林や荒野に棲息しており、この国では12箇所ほどで確認できているわ。

 今回は、わたくしたちがいるエピティアの街からもっとも近い、ウィサー森林にいるモエルドリを狙いましょう!」


 ギルドメンバーはテーブルに着席してその話を聞いていたが、誰もが頷いていた。


 「いいねぇ、ウィサーなら近くに村もあって補給もしやすいだろうから」と女戦士ネイサン。

 「ボクも賛成! 森なら隠れる場所もいっぱいあるし!」と弓術師アーチャーのアーチャン。


 「じゃあ決まりね!」とオネスコが言おうとした途端、「ダメだ」と声が割り込んできた。

 ギルドメンバーの視線が、サロンの端っこにいる人物に集まる。


 それは、酔い潰れるようにロッキングチェアに身を預けているジャックであった。

 彼は皆を見もせずに言う。


「狙うなら、カラト荒野のモエルドリだ」


 すると、一気に不満が噴出した。


「カラト荒野!? ウィサー森林より、ずっと遠い場所じゃないか!?

 なんでわざわざ遠くに行く必要があるんだい!?」


「そうだよ! それに荒野なんて、隠れる場所がほとんどないし!」


「もう、ジャックさんは酔っ払ってるんでしょう!?

 いま大事な話をしてるんだから、適当なことを言わないで!」


 ジャックは赤ら顔で、半分寝ているような表情。

 しかし彼の口からムニャムニャと紡ぎ出された言葉に、メンバーは衝撃を受けていた。


「……それでもまだ、ウィサー森林がいいっていうなら……好きにすりゃいいさ……」


 言い終えたジャックはそのまま寝てしまう。

 それがぐうの音も出ない正論だったので、オネスコはぐぬぬ、と歯噛みをしたk


「じゃ、じゃあ、多数決を取りましょう! ウィサー森林がいい人は挙手っ!」


 しゅばっ! と手を挙げたのは、オネスコひとり。

 結局、クエストの目的地はカラト荒野に決まった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ギルド『フォーチュンクッキー』に所属している冒険者は、ジャックを含めて総勢11名。

 普段はメンバーを3~6人ほどのパーティに分け、それぞれがクエストを担うようにしている。


 しかし今回はプリシラとママベルが留守番をする他は、総員でクエストにあたった。

 得られる報酬は『火打ち石』の100万エンダーだけなので、運用としては完全に赤字である。


 フォーチュンクッキーは貧乏ギルドなので、普段は爪に火を灯すような節制をしていたのだが、今回はそうも言っていられなかった。


 なぜならばクエストの討伐対象が、ギルドにとっては初めての中型モンスターであるということ。

 それに加えて世界一のギルドが競合という、ふたつの壁に立ち向かわねばならなかったからだ。


 移動も普段は徒歩なのだが、今回は遠距離ということもあって馬車を借りる。

 9人なら馬車は2台はあったほうがいいのだが、お金がないので1台のみで、荷台にぎゅうぎゅう詰めになって出発した。


 御者席にはオネスコが着き、隣には道を知っているからという理由でジャックが座った。

 ジャックは長椅子にもたれかかるようにして、茶色い小瓶をちびりちびりとやっている。


「あきれた。こんな時にまでお酒を飲むだなんて。ちゃんと剥ぎ取りできるんでしょうね?」


「このくらいで酔っ払うかよ。しかしこの酒、しょっぺぇなぁ」


「しょっぱい? ってそれ、料理酒じゃないの!?」


「ああ、そうみたいだな。台所にいたプリシラに酒くれって言ったらこれをくれたんだ」


「ぷっ……ぷぷっ、プリシラ様にお酒を出させるだなんてっ!? プリシラ様は姫巫女なのよっ!?」


「俺にとっちゃ、姫巫女だろうが踊り子だろうが一緒だよ」


「ああっ、あなたって人はぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」


「おいおい、前を見ろって」


 一行はプリシラとママベルが作ってくれたという弁当で食事を取り、道端でキャンプをし、1日がかりでカラト荒野へと到着した。


 見渡す限りの乾いた大地には、所々に岩山が。

 身軽なアーチャンがその岩山のひとつに登り、望遠鏡を使ってターゲットであるモエルドリを探す。


 森と違って視界を遮るものがほとんどないので、すぐに見つかった。

 岩山をくり抜いて作った巣に立ち、あたりを風見鶏のように見回すモエルドリの姿を。


 モエルドリは棲息地によって、体毛と火打ち石の色が変化する。

 荒野に棲んでいるタイプは元々は純白をしているのだが、砂埃によって薄茶色にくすんでいた。


 一行は巣から離れた場所にキャンプを張ると、交代で見張りを行なう。

 冒険者の基本として強敵を狩る場合は、他のギルドと取り合いでもないかぎりは、見つけてすぐに襲いかかったりはしない。


 巣を突き止めて監視し、眠るのを待つ。

 そう、寝込みを襲うのだ。


 そして日も暮れてあたりが寒くなったところで、モエルドリが巣の中で身体を丸め、眠りにつくのが見えた。

 一行は暗闇の中、月明かりを頼りに物陰に隠れながら、静かに巣に近づいていく。


 ついに攻撃魔法や矢が届く戦闘圏内に入ったところで、オネスコがみなに言った。


「よし、わたしを先頭にして、前衛のメンバーで総攻撃をかけましょう。後衛は援護をお願い」


 しかし意外な人物が名乗り出る。


「いや、待て、ここは俺に任せろ」


「ジャックさん、あなたは剥ぎ取り師でしょう?

 いちばん戦闘力が低いんだから、後ろで大人しくして……」


「まあ見てなって」


 ジャックはリュックサックを背負い直すと、オネスコが止めるのも聞かずに物陰から出る。

 隠密のプロである弓術師のアーチャンが、「すご……」と感心してしまうほどの見事な忍び足で。


 とうとう寝息が聞こえる距離にまで近づいたジャックは、背負っていたリュックからおもむろに、あるものを取り出す。

 通常、寝込みのモンスターに仕掛けるものといえば、タルに詰められた炸薬などが一般的。


 大爆発で大ダメージを与え、怯んだところに襲いかかり、一気に勝負を決めてしまうのだ。

 しかしジャックが手にしていたものは、そんな物騒なものではなかった。


 なんと、かわいらしいキャラクターのクッション……!?

 しかも1個だけじゃなくて、ペア……!?


 それを見た途端、物陰のメンバーはビックリ仰天。


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ある意味、タルの炸薬以上の大爆発を起こしていた。

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