第9話

 クエストには『募集期間』と『実施期間』が設けられている。


 募集期間というのは、クエストが公表され、手を挙げるギルドを募る期間のことである。

 これは依頼の緊急度にもよるが、おおよそ1週間程度の期間が設けられる。


 この期間中に手を挙げ、降ろさなかったギルドが『依頼を正式受諾』したことになるのだ。


 今回の『炎上鳥モエルドリ』の依頼は、グロリアス王国にある片田舎の街、エピティアで起こった。

 そこで手を挙げたのが、地元のフォーチュンクッキーと、オールグリードのエピティア支部。


 オールグリードが手を挙げた途端、他のギルドはみな、引き潮のようにこのクエストから手を引く。

 しかし前述のとおり、フォーチュンクッキーは引かなかったので、ふたつのギルドがクエストの正式受諾となった。


 なお正式受諾をした場合は、基本的には撤回は許されない。

 止むに止まれぬ事情で受諾を取りやめた場合は、冒険者ギルド協会からペナルティが科せられてしまう。


 ちなみにではあるが、募集期間に手を挙げたギルドがゼロだった場合、クエストの条件や報酬を見直して再度募集がかけられる。


 そうしてクエストが受諾されたあとは、実施期間へと入る。

 これはクエストを実際に行なう期間のことで、受諾したギルドはこの期限内に依頼を完了する必要がある。


 今回の『炎上鳥モエルドリ』の依頼は、1ヶ月ほどの期間が与えられていた。

 それなりの長期に渡るクエストであるが、それには理由がある。


 その前に、炎上鳥モエルドリがどんなモンスターなのかを説明しておこう。

 モエルドリは全高が3メートルほどもある巨鳥で、翼も水車の羽根のように大きい。


 両翼の先には硬質なコブ状の部位があって、モエルドリはこのコブを火打ち石のように打ち鳴らして敵を攻撃する。

 このコブこそが、クエストのメインである『モエルドリの火打ち石』であった。


 この火打ち石は打ち合わされるたびに、部位としての品質が劣化していくのだが、長い休息を挟まないと回復しない。

 そしてモエルドリを倒してしまうと、品質はその時点の状態で固定されてしまう。


 そのため、高品質の火打ち石を得るためには、『いかに火打ち石を使わせずに倒すか』がポイントとなる。

 ようは、短期決戦が求められるのだ。


 しかし、戦いを長引かせる厄介な要素がある。

 それはモエルドリの体内にある臓器、『油臓』。


 モエルドリはこの臓器内に油を貯め込んでおり、翼の中に染み出させるという性質がある。

 そして翼をバサバサとはためかせることで、空気中に油を散布するのだ。


 そこで火打ち石が打たれようものなら、あたりは火の海と化す。

 しかもモエルドリ自身にまで引火してしまったら、もはや手が付けられない状態となってしまう。


 その問題の器官こそが、クエストのサブである『モエルドリの油臓』であった。

 油臓に入っている油はとても純度が高く、料理や保湿オイルに最適なので、金持ちたちが珍重している。


 非常に需要の高い部位なのであるが、剥ぎ取り難易度がとても高いことでも有名であった。

 モエルドリだけでなく、多くの中型以上のモンスターの臓器は『鉄格骨てっこうこつ』と呼ばれる肋骨で覆われている。


 その名の通り鉄格子のように頑強なので、その奥にある油臓を取り出すのは容易なことではない。

 剥ぎ取りというのは、死体にナイフを一定回数差し入れるか、時間経過によって土に還るものとされている。


 一般的には、ナイフの回数は3回で、制限時間は1分。

 その間に鉄格子を切り裂き、柔らかな臓器を傷付けずに取り出すのが、どれほど困難なのかは言うまでもないだろう。


 ちなみにではあるが、通常での成功例はほとんどない。

 それではどうやって剥ぎ取っているかというと、骨を脆くする注射を打ち込むのだ。


 骨が脆くなれば、鉄格骨を切るための時間を短縮でき、油臓を取り出す成功率もあがる。

 しかしこの注射作戦にはデメリットがふたつあった。


 ひとつは注射の薬液がとても高価なこと、そして効き目が現れるのに2週間以上かかること。

 そのため、注射をしたあとは対象のモエルドリをずっと監視していなくてはならない。


 逃げられでもしたら、せっかくの注射が打ち損になってしまうからだ。

 クエストの実施期間が1ヶ月もの長期に設定されているのは、依頼主が油臓の納品を期待してのことであった。


 なおフォーチュンクッキーは、メイン部位である火打ち石のみに狙いを定めていた。

 貧乏ギルドのため、注射を買うだけの予算がないので、油臓の剥ぎ取りは最初からあきらめていた。


 聖騎士オネスコをはじめとする、精鋭による戦闘チームが編成され、ギルドの裏庭で連日、モエルドリの特訓が行なわれる。

 その様子を、ジャックはテラス席にふんぞり返り、フォーチュンクッキーをつまみながら眺めていた。


「ちょっと、ジャックさん! あなた、ずっとそうして見てるだけだけど、大丈夫なの!?」


「なんだよオネスコ、俺のことなら気にすんなよ」


「気にするわよ! 言ったことを忘れたとは言わせないわよ!

 最高の剥ぎ取りを見せてくれるんでしょ!? それなのに、サボってていの!?」


「そんなこと言ったっけ?」


「こっ、この人はっ……! って、ジャックさんが食べてるの、もしかして塩フォーチュンクッキー!?」


「ああ、プリシラに頼んで作ってもらった。こいつは酒のアテに最高なんだ」


「ひっ、姫巫女に凶運のクッキーを作らせるだなんて、なんたる神への冒涜……!」

 ジャックさん! あなた、悪魔の化身か何かなの!?」


「お前はいちいち大袈裟だなぁ。心配するなって、この中には紙切れは入ってないから」


「お前呼ばわりしないで! それに、そういう問題じゃないわよ! あとそれと、紙切れじゃなくて『神札』よ!

 それとそれと、昼間っからお酒を飲むだなんて、最低の大人がすることよっ!

 あああっ、もうっ! あなたって人は! あなたって人はぁぁぁぁぁ~~~~っ!!」


 首が取れんばかりに、ガクガク揺さぶられるジャック。

 その傍らで、頼まれ物の裁縫をしていたプリシラは手を休め、くすくすと肩を上下させていた。

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