第8話
サロンは新しい依頼に沸き立っていたが、オールグリードと競合しているとわかるや、早くもあきらめムードが漂う。
それとは真逆に、さっきまでいちばん興味のなさそうにしていたジャックが、俄然やる気を見せていた。
「競合っていっても、たったの1ギルドだろう? だったら少ないほうじゃねぇか。やるぞ」
世界一のギルドを、『その他大勢』のように言ってのけるジャック。
あまのじゃくなうえに、妙に自信たっぷりな口ぶりに、プリシラは「ふふっ」と密やかに笑う。
オネスコはジャックに向かって、目と八重歯を剥いていた。
「はあっ!? あなた、なにを言っているの!?
競合がたったの1ギルドなのは、オールグリードだからよ!
世界一のギルドが手を挙げてたら、わざわざ挑むギルドなんているわけないでしょう!?」
「じゃあ、俺たちが最初に牙を剥いたギルドになればいい」
「ば……バカバカしい! 話にもならないわっ!」
「話にならないのはお前のほうだ」
「えっ」
ジャックは立ち上がると、砥石を置いてあったテーブルに乗った。
男たちは「うおっ!?」と、女たちは「きゃっ!?」と息を呑む。
高みからギルドメンバーを見下ろしながら、ジャックは言う。
「オールグリードの目的がプリシラなら、今後も競合してくるのは明らかだ!
ってことは、このクエストをあきらめたところで、何の解決にもならんだろうが!」
「あっ、あなたっ!? なんてことを!?」
「プリシラ様を、呼び捨てにするだなんて……!」
「こいつ、とんでもねぇ野郎だ!」
ギルドメンバーから次々と抗議が沸き起こる。
当のプリシラは、霹靂に打たれたように真っ白になっていた。
誰かに面と向かって呼び捨てにされることなど、生まれて初めてだったからだ。
彼女の瞳に映るのは、もはやひとりのオッサンのみ。
「うるせえっ! お前たちはせっかく昇格して、中型モンスターを相手にできるようになったんだろうが!
モンスターには立ち向かう勇気があるくせに、同じ人間には尻尾を巻くのかよ!?
お前みたいなヤツらを、根っからの負け犬って言うんだよ!
俺は野良犬みてぇな生き方をしてるがなぁ、戦わずに逃げたことは一度もねぇ!
お前らよりはずっとマトモってことだ!」
「こ……この人、なんて人なのっ!? わたくしたちを負け犬呼ばわりするだなんて!」
「悔しかったら見せてみろよ! 負け犬じゃないってところを!
立ち向かってみせろよ! 鼻持ちならねぇ勇者に!
そしたら俺も、最高の仕事で応えてやるよ!
オールグリードよりも、ずっと高品質な部位を剥ぎ取ってみせるぜ!」
「い……言ったわねぇ!? みんな、やりましょう!
ここまで好きに言われて黙ってるわけにはいかないわ!」
オネスコは真っ先に焚きつけられてしまう。
しかし幹部のひとりである彼女がやる気を出した途端、それは周囲の者たちにも伝播した。
「よぉーし、やろうっ!」
「俺たちがオールグリードにも負けないギルドだってことを、見せてやるぜ!」
「そうだね! ここで引っ込むだなんてシャクだ!」
「そうと決まれば、モエルドリを倒すための特訓だ!」
「おおーっ!!」
と盛り上がるギルドメンバーたち。
傍らにいたプリシラも、いつになくワクワクしている。
少女は思いきって口を開いた。
「あ、あのっ……!」
彼女の言葉はどんなに短いものでも、鶴の一声に相当する。
それまで賑やかだったサロンは水を打ったように静まり返り、誰もが彼女を見た。
「わ……わたしにも、お手伝いさせてください!
わたしも、みなさんのお役に立ちたいんです!」
それは思いも寄らぬ申し出だったので、言われたメンバーたちは戸惑う。
オネスコは忠臣のようなキリッとした表情を作ると、首を左右に振った。
「プリシラ様、あなた様のお手をわずらわせるわけにはまいりません。
このクエストはわたくしたちだけで達成してみせますので、あなた様はいつも通り、わたくしたちを見守っていてください」
すると、プリシラに浮かびつつあった瞳の光が消えた。
「は、はい……」
少女は肩を落とし、サロンにおける定位置に戻って裁縫を再開しようとする。
そこで初めてジャックは気付いた。
このサロンには、というかこのギルドには、いたるところにクッションが置いてある。
それは全部、プリシラが作ったものだということを。
少女は姫巫女という立場なので、このギルドでは鳳凰の雛鳥のような、丁重な扱いを受けている。
彼女に手を貸してもらうのは、なによりも怖れ多いとされていたのだ。
まだテーブルの上にいたジャックは、「いや」とプリシラに向かって言った。
「プリシラ、お前にもやってほしいことがある。
モエルドリを倒すのに役立つ、あるアイテムを作るんだ」
ほとんど命令に近い口調に、ギルドメンバーはぎょっとなった。
そしてプリシラはきょとんとなっていた。
「は、はい……。わ、わたしでよろしければ……」
「いや、おそらくこのギルドでは、お前にしか作れないものなんだ。だからお前じゃなきゃダメなんだ」
『お前じゃなきゃダメ』。
その一言は、少女の心臓をギュッとわし掴みにし、暴れんばかりに高鳴らせた。
消えかけていた瞳の光が、あふれんばかりに輝きはじめる。
プリシラはいつも楚々として、ひとつひとつの所作がたおやかで穏やか。。
毛先ひとつを揺らさずに歩くほどなのだが、今だけは髪の毛が渦を巻くほどに、大きく頷き返していた。
「は……はいっ! おじさま……! わたし、やりますっ! いいえ、やらせてくださいっ!」
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