第7話
ジャックは、フォーチュンクッキーのサロンにいた。
ひとつのテーブルに陣取って、ひたすらナイフを研いでいる。
武器の手入れをする冒険者、それは冒険者ギルドにとってはよくある光景。
プリシラはその様子を、少し離れたテーブルで裁縫をしながら、チラチラと伺っていた。
本当は話しかけたいのだが、何を言っていいのかわからず、小さな唇をムニャムニャと動かしている。
と、そこにオネスコが入ってきた。
「あら、ジャックさん、装備を揃えたのね。
支度金を持ってそのまま逃げるんじゃないかと心配していたのよ」
「そんなことしねーよ」
「へぇ、剥ぎ取り師の武器はナイフなのね。
ブーメランみたいな変わった形をしてるけど……」
「ああ」とジャックはナイフを砥石から離す。
窓から差し込む光に向けると、銀の欠月のように輝いた。
「コイツは『クルリナイフ』といって、クルリ族っていう部族が使っているナイフなんだ。
といっても、剥ぎ取り師でコイツを使ってるのは俺くらいのもんだろう」
「なんで、くの字に曲がってるの? まっすぐのほうが使いやすいでしょう?」
「ところがどっこい、この曲がってるのがミソで、剥ぎ取りの時に役に立つんだ。
まあいずれ、使ってるところを見せてやるよ」
「ふぅーん。それと防具は革鎧なのね。
新しく買ったにしては、ずいぶん年代物の革鎧っぽいけど……」
「ああ、コイツは買ったんじゃなくて貰ったんだ。
昨日、酒場で知り合った、昔は冒険者をやってたっていうじいさんからな」
「えっ!? あなたまさか、支度金を……!?」
「ああ、酒場でパーッとぜんぶ使っちまった」
「な……なに考えてるの!? 装備も買わずにお酒を飲むだなんて!?
鎧をくれたおじいさんがいなかったら、どうするつもりだったの!?」
「さぁな、とんずらしてたんじゃねぇか?」
「さ……最低っ!
それにあなたさっき、そんなことしないって言ってなかった!?」
「そうだったっけ?
まあそうガミガミ言うなよ、結果として商売道具が揃ったんだから」
「しっ、信じられないっ!
あなたみたいなだらしない男の人は初めてよ!」
オネスコはジャックの肩を掴んでガクガク揺さぶる。
ふたりのやりとりを見ていたプリシラは、「うふふっ!」と笑いが止まらない。
隣に座っていたママベルもニコニコしていた。
「ちりんちりーん。ジャックちゃんがギルドに来てから、プリシラ様はよく笑うようになりましたね。
ママ、とっても嬉しいです」
「たっ、大変だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
扉を破るようにして、アーチャンが部屋に転がり込んでくる。
その時サロンにいたギルドメンバーの視線が、彼女に集中した。
「騒々しいわよ、アーチャンさん! それにいつも言ってるでしょう、廊下は走っちゃダメだって!」
「おっ、オネスコ様! それどころじゃないんです!
いっ……クエスト依頼が! クエスト依頼が取れたんです!」
「く……クエスト依頼っ!?」
その一言だけで、サロンのメンバーはジャック以外総立ちとなる。
アーチャンはくしゃくしゃになるほどに握り締めていた羊皮紙を、近くのテーブルに広げた。
それだけで、あっという間に人だかりができる。
羊皮紙はクエスト依頼書で、クエストの内容が書かれていた。
『炎上鳥モエルドリ』の部位調達
以下の部位を納品してください。
メイン
モエルドリの火打ち石 希望数1セット
最低報酬 100万
サブ
モエルドリの油臓 希望数なし
最低報酬 5000万
『メイン』というのはクエストの依頼者が必須にしているもので、この部位が納品されなければ報酬は支払われない。
最低報酬として金額が提示されている場合は、納品物のクオリティによって上乗せが期待できる。
『サブ』というのはクエスト達成には必須ではない、副次的な納品物。
メインほど必要ではないが、依頼者にとってはあると嬉しいもの、または手に入らないだろうけど、ダメ元で書いてあるものなどがある。
この依頼に、ギルドメンバーは色めきたった。
なにせモエルドリといえば、冒険者やギルドにとっては登竜門といえる、最初の中型モンスターだからだ。
「つ、ついにモエルドリとやる時が来たのか……!」
「しかも報酬も、今までの雑魚の依頼とはひとケタ違うぜ……!」
「しかも、サブは5000万だってよ!
これだけありゃ、ギルドの借金もぜんぶ返せる!」
「いや、油臓を剥ぎ取るのはムチャクチャ難しいらしい。
油臓は鋼鉄みたいな肋骨に守られてて、土に還るまでの1分じゃ到底無理だそうだ。
できるとしたら白金級以上のギルドだけだろうが、手間がかかるからどこもやりたがらないんだ」
サブは不可能だということがわかったが、ギルドメンバーたちの士気はかつてないほどに高まっていた。
なかでもいちばん頬を紅潮させていたのは、聖騎士オネスコ。
「つ……ついにモエルドリと戦える日が来たわ!
しかもこの依頼を達成できれば、最低でも100万が手に入る!
アーチャンが開けた廊下の穴も、サロンの雨漏りも修繕できるわ!」
しかしアーチャンは歯切れが悪そうに口を挟む。
「それが、オネスコ様……ひとつだけ、問題があって……。
このクエスト
クエストというのは、依頼者が納品物がいくつあっても構わないという場合は、『希望数なし』で依頼をかける。
この場合は受ける側も、考えなしに依頼を遂行しても大きな問題はない。
しかし希望数が指定されている場合は、どのギルドが手を挙げているかが情報共有される。
希望数以上の納品物が持ち込まれるのを、事前に防ぐためである。
なお希望数以上の納品物があった場合、より高品質なものが依頼者に渡される。
そのため、格上のギルドが手を挙げていた場合は、格下のギルドはその依頼をあきらめることが多い。
『競合』というのは、ふたつ以上のギルドが手を挙げている状態のことをいう。
その単語を耳にした途端、オネスコの顔は一気に渋いものとなる。
「やっぱり今回も、オールグリードが邪魔をしてくるのね……」
その単語を耳にした途端、今まで興味なさそうにナイフ研ぎをしていたジャックが食いついた。
「その口ぶりからすると、オールグリードとずっと競合してたのか?」
「そうよ。オールグリードはこのギルドを潰そうとしてるの」
「なんでだよ? こんな小さなギルドなんて、オールグリードの脅威でもなんでもないだろうに」
「絶対勇者デザイアンが、プリシラ様をハーレムに入れたがってるの。
このフォーチュンクッキーを潰せば、プリシラ様が観念すると思ってるんでしょうね。
世界一のギルドであるオールグリードが、彼らにとっては雑魚であるモエルドリの依頼に手を挙げるのがなによりもの証拠よ」
オネスコはさっきまでの高揚っぷりが一転、歯を食いしばって震えていた。
「悔しいけれど、今回は手を降ろしましょう。
今のわたくしたちでは、オールグリードと競っても、絶対に勝てないから……」
悔しさを滲ませるオネスコ。反対する者は誰もいなかった。
ただ、ひとりを除いては。
「いや、やるぞ。デザイアンの野郎に、一発かましてやろうじゃねぇか」
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