第6話

 冒険者ギルド『フォーチュンクッキー』の台所に、突如として現れた謎のオッサン。

 そのあまりの破天荒さにギルドメンバーに衝撃を与えていたが、メンバーの手によってとうとう取り押さえられてしまった。


 ギルドの幹部のひとりである、聖騎士オネスコが問いただす。


「ギルドに勝手に入ってくるだなんて、ホームレスどころか押し込み強盗じゃない!

 あなた、いったい何者なの!?」


「いてて……勝手に入ってきたわけじゃねぇよ。そこにいる3人組に連れてこられたんだ」


 と、戦士たちによって抑え込まれていたオッサンは、アゴである人物たちを示す。

 そこには「あちゃー」という顔をしている、ネイサン、グロック、アーチャンの姿が。


 ネイサンが申し訳なさそうに手を上げる。


「そこにいるオッサンはジャックって言って、『剥ぎ取り師』なんだよ。

 とんでもない腕前で、アタイらのかわりに『キングリザーダッグの胆石』を剥ぎ取ってくれたんだよ」


「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」


 またしても驚愕が巻き起こるなか、ネイサンたちは『毒眼竜の洞窟』であったことを説明した。

 オネスコは眉をひそめる。


「ノーマルのリザーダックから胆石を剥ぎ取るだなんて……しかも、3つも……。

 まったく信じられない話だわ……」


「でも本当なんだよ! アタイらは確かにこの目で見たんだ!

 ちょうど前にいたギルドをクビになっていうから、うちのギルドに入ってもらったらどうかと思って!」


「この人をギルドに入れるですって!? とんでもない!

 うちに剥ぎ取り師を入れる余裕なんてないのは知ってるでしょう!?」


 剥ぎ取り師というのは、戦士や魔術師などの他の職業ジョブに比べて戦闘への貢献度が低い。

 そしてモンスターの剥ぎ取りであれば、他の職業ジョブでもできなくもない。


 そのため、弱小なギルドでは剥ぎ取り師を置かず、他の職種が剥ぎ取りを行なうのも珍しくはなかった。


「それに、この人の素行を見たでしょう!?

 塩フォーチュンクッキーを平気で食べるどころか、物欲神センサー様まで信じないだなんて!

 まったく、冒険者としてあるまじき行為だわ!」


 オネスコは猛反対。他のギルドメンバーもどちらかといえば反対の立場であった。

 しかし、ある人物の声が、鶴のように舞い降りる。


「困っておられるようですから、入れてさしあげてはいかがでしょう」


 それはギルド長であるプリシラであった。

 「おおっ……!?」とメンバー全員が驚嘆する。


「ぷ……プリシラ様が、意見を述べられた……!」


「め、珍しいこともあるもんだ……!」


「しかも、オッサンをギルドに入れるのを、賛成みたいだぞ……!」


 大聖母ママベルが、首のカウベルを微笑みとともに鳴らす。


「ちりんちりーん。それじゃあ決まりですね」


「ちょ、ママベルさん!? あなたまでなんてことを!?」


「オネスコちゃん、プリシラ様がご自分のお考えをおっしゃったのですよ?

 こんなこと、初めてではないですか?」


「うっ……! そういえば、確かに……!」


「ママはプリシラ様の、初めてのお考えを尊重してさしあげたいの。

 オネスコちゃんもそうでしょう? ねっ?」


「わ、わかったわ……!」


 幹部3人娘の賛成票が投じられ、ジャックは晴れて『フォーチュンクッキー』の新メンバーとなる。

 しかし、当のオッサンには新入りらしい態度は微塵もなかった。


「入れっていうなら入ってやってもいいけど、金くれよ」


 オネスコがクワッと眉根を寄せ、「なんでよ!?」と真っ先に食ってかかる。


「俺は装備もなにもかも無くしちまったうえに、無一文なんだ」


「新人の装備は、持ち出しって決まりがあるのよ!?」


「堅いこと言うなよ、キングリザーダッグの胆石を納品したら、ギルドの昇格は間違いなしだろう。

 ケチなギルドは誰も入りたがらないぜ。大盤振る舞いなのは、眉間のシワだけにしとけよ」


 肩をピクンとさせ、「ふふっ!」と笑うプリシラ。


「わかりました。それでは支度金を差し上げましょう」


 「プリシラ様!?」とオネスコは止める。

 しかしギルドの大蔵大臣であるママベルは、ギルドの全財産が入ったガマグチを取りだし、


「はあい、どうぞ、無駄遣いしちゃいけませんよぉ」


 ニートの息子にお小遣いをあげる母親のように、ジャックにチャリンと金貨を渡していた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そしてジャックの言っていたとおりになった。

 『キングリザーダッグの胆石』を3個納品したフォーチュンクッキーは、その功績が認められて昇格となる。


 『砂塵級』から『木片級』に。

 長年にわたり、イモムシのように地の底で蠢いていた弱小ギルドは、ついに日のあたる大地へと出ることができたのだ。


 しかし、昇格を果たしたのは彼らだけではない。

 かつてジャックが所属していたギルド、オールグリードも幻のレアアイテムである『猛毒肝』を納品し、『白金級』から『聖輦せいれん級』に。


 聖輦級のギルドはまだこの世界には存在していないので、事実上、世界ナンバーワンギルドという栄光の座を獲得していた。


 オールグリードはすでに各国にギルドの支部を展開していたので、このニュースはグロリアス王国だけにとどまらず、世界じゅうを席巻。

 ギルドといえば『オールグリード』という認識が、世間に広がりつつあった。


 その立役者であったジャックはもう、あのギルドにはいない。

 といってもこれは、たったひとりのオッサンが、天秤の右から左に移っただけのこと。


 オールグリードにはまだ、剥ぎ取り師がごまんといる。

 たったひとりがいなくなったところで、天秤が傾くはずがない。


 ……果たして、そうなのだろうか?


 そう、これは栄枯盛衰における、最後の栄華。

 城は土台の要石を失っても見た目上は変わらないが、崩れるときはあっという間。


 それでは、これからお見せしよう。


 高さは天まで届き、頑強さは難攻不落といわれた城が、傲り高ぶったせいで瓦解してく様を。

 地の底を這うも、正しき心を失わなかったサナギたちが、蝶となってはばたく様を。


 その中心に立っていたのは他の誰でもない、ただのオッサンだということを……!

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