第3話

 洞窟の一室は、リザーダッグの死体だらけになる。

 そこに、3人のパーティと、ひとりの部外者がへたりこんでいた。


 パーティのリーダーらしき恰幅のいい女戦士が、肩で息をしながら部外者に食ってかかる。


「ちょっとぉ、アンタいきなり現れて、いったい何なんだい!?」


 部外者は柱のような木を背負ったまま、ニカッと笑い返す。


「助かったよ、俺はジャックっていうんだ」


 パーティの若い魔術師が問う。


「その格好、ホームレスかよ。さては盗みでヘマやって捕まって、見せしめに洞窟ん中に置き去りにされたんだな?」


 「まあ、そんなとこだ」とジャック。


「ところで迷惑ついでに悪いんだが、この縄をほどいてくれないか?」


 パーティの小柄な少女がやれやれと立ち上がる。


「まったく、これからボクたちは嫌ってくらいリザーダッグをやっつけなきゃならないってのに」


 身体ほどもある弓を背負っていた少女は、ブツブツいいながら腰のナイフを引き抜くと、ジャックを拘束するロープを切ってやる。

 ジャックは「ああっ」と大きく伸びをした。


「はぁ、やっと自由になれた。お前たち、『キングリザーダッグの胆石』を取りに来たのか?」


 「おや、なんでわかるんだい?」と女戦士。


「『砂塵級』のギルドタグをぶら下げたヤツらが、『毒眼竜の洞窟』に来るといったら大抵それが目的だからな。

 よし、それじゃ、ひとつお返しをしてやるよ。弓術師アーチャーのお嬢ちゃん、ナイフを貸してくれるか?」


「いいけど、なにするの?」


 弓を背負った少女からナイフを受け取ったジャックは、そばに倒れていたリザーダックの死体に向かう。

 借りたナイフを差し入れようとした途端、「とんでもない!」とばかりに声が割り込んできた。


「ま……待ったぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「ちょっとアンタ、ジャックとかいったね!? なにすんだい!?」


「まさか、何もせずに剥ぎ取るをするつもりじゃねぇだろうな!?」


「ダメだよ! 物欲神センサー様への祈りもなく剥ぎ取るだなんて!」


 3人組のパーティは、わぁわぁとジャックを責めたてる。


 『物欲神センサー様』とは、剥ぎ取りと宝箱を司る女神のこと。

 その彼女の機嫌によって、剥ぎ取りで得られるものや、宝箱の中身が変わると信じられている。


 そのため、冒険で生計を立てる者たちは、みな物欲神を信奉していた。

 3人組のパーティも、剥ぎ取り前の儀式として、さっそくセンサー神のお守りを取り出す。


 跪いて祈りを捧げようとしていたが、ジャックの吐き捨てた「ケッ」という言葉に遮られる。


「やれやれ、久々に外に出たと思ったら、どいつもこいつも『物欲センサー』か」


 すると、「キッ」と6つの瞳が剥かれた。


「ぶ、物欲センサー!? 物欲神センサー様を呼び捨てにするだなんて、正気かい、ジャック!?」


「おい、その言葉をセンサー様が聞いてたらどうするんだよっ!? 取り消せ、ジャック!」


「そうだよ! ジャックがひとりで不幸になるのはいいけど、ボクらまで巻き込まないで!」


「待て待て、お前らばっかり俺の名前を呼ぶんじゃない。

 そっちの名前を教えてくれよ」


 3人組のパーティはそれぞれ、妙齢女戦士ネイサン、青年魔術師グロック、少女弓術師アーチャンと名乗る。

 砂塵級のギルド『フォーチュンクッキー』のメンバーだという。


 ジャックはギルド名を聞いて、また呆れた。


「フォーチュンクッキーとは、ずいぶん女神に入れ込んでるんだな。

 信仰するのは自由だが、ほとほどにしとけよ。

 ともかくこの剥ぎ取りは俺に任せとけ、今すぐお望みのものをくれてやるから」


「い……インチキだってぇ!?」


「おい、いい加減にしろよ、オッサン!」


「もう頭きた!

 そこまで言うならジャック、キミはここにあるリザーダッグの死体から、『キングリザーダッグの胆石』を剥ぎ取れるんだね!?」


 「たぶんな」とジャック。


「なら、やってもらおうじゃないか!」


「もしできなかったら、俺たちの女神様に土下座して謝るんだぞ!」


「それだけじゃなくて、ボクたちにも謝ってよね!」


 ジャックは考える素振りすら見せず、


「なんでもいいよ。で、剥ぎ取りを初めていいか?」


 頷き返してくるトリオに、ジャックは剥ぎ取りを開始する。


 トリオは顔を見合わせて、ニンマリと笑いあっていた。

 彼らは知っていたのだ。


 『キングリザーダッグの胆石』は、リザーダッグたちの親玉である『キングリザーダッグ』からしか剥ぎ取ることができないことを。

 しかも必ず剥ぎ取れるわけではなく、過去の調査によると確率は20分の1。


 ということは、確率にして5パーセントということになる。


 そしてその手下であるリザーダッグから、キングリザーダッグの胆石を剥ぎ取れたという報告は、すくなくとも過去の事例では一度もない。


 ということは、確率0パーセント……!


 もはやこれは、勝負としてまるで成り立っていない数値である。


 トリオはこう予想していた。

 このオッサンは、「これだけのリザーダッグの死体があるのだから、どれか1匹くらいは石を持っているだろう」とたかをくくっているのだと。


 そしてトリオはこんな想像をしていた。

 リザーダッグを1匹、また1匹と剥ぎ取っていくうちに、あまりの出なさに苛立ちを募らせるオッサンの姿を。


 物欲神センサー様をバカにしたこのオッサンは、一生貧乏クジを引かされ続けるのだろう、と……!


 しかしその妄想は、すぐに中断させられた。


 ジャックは「よし、出たぞ」とあっさり言い、キラキラと光る石を投げてよこす。

 それは、トリオにそれぞれひとつずつ。


 石をキャッチしたトリオは、目玉が飛び出しそうになってた。


「こっ、こここっ……これは、キングリザーダッグの胆石!?」


「な、なぜだっ!? なぜなんだっ!?」


「リザーダッグからキングリザーダッグの胆石が剥ぎ取れるだなんて、ありえないよ!?」


 「そんなことはないさ」とジャック。


「キングリザーダッグのそばにいるリザーダッグのなかには、キングリザーダッグと同じ胆石を持つヤツがいるんだよ」


「なんで、どうしてなのさ!?」


「たぶんだけど、食ってるものが原因なんじゃないかな」


「でも、どうして誰もそのことを知らねぇんだよ!? おかしいだろ!」


「それは、リザーダッグの肝臓は使い道がないからって、誰も剥ぎ取ろうとしないからだろ」


「でっ、でもでも、それにしたっておかしいよ!

 キングリザーダッグからだって、5パーセントの確率でしか剥ぎ取れないんだよ!?

 それを普通のリザーダッグで、3つもいっぺんに手に入るだなんて……!」


「そりゃ、ラッキーだったんだろ。細かいことは気にするなって。

 ひとりにひとつずつ手に入ったんだから、別にいいじゃないか」


「よっ……よくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?!?」

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