第2話
カラマリはジャックが戻ってきたのに気付くと、土色の液体がついたナイフを手からぽろりと落とす。
ナイフはカランカランと音をたてて、ジャックの足元に転がってきた。
ジャックはしゃがみこんで、愛用のナイフを拾いあげる。
カラマリは、今にも泣きそうなほどに目に涙をいっぱい浮かべていた。
「じゃ、ジャック先生っ! ぼ、僕……!」
いまにも死にそうな弟子の言葉に、ジャックは苦笑いを返す。
「大丈夫、俺が責任を取るから」と声をかけようとしたが、カラマリの顔が、青を通りこして真っ白になっているのに気付く。
カラマリの茫洋として瞳は、ジャックの肩越しの虚空に向けられている。
ジャックが振り返るとそこには、馬に乗ったデザイアンがいた。
デザイアンは空を震わせるほどの声で言う。
「剥ぎ取り師どもよ! 死体が土に還ったということは、剥ぎ取りが終わったのだな!
我ら『オールグリード』は、すべてを屠り、すべてを掌中に収めるギルド!
当然、メインの納品物の『猛毒肝』も、サブの納品物の『毒肝』も得られたのであろうな!?」
その威圧的な声に、弟子たちは押しつぶされそうになっていた。
しかしジャックだけは、あっけらかんと言ってのける。
「いや、手に入れたのはメインの『猛毒肝』だけだ。サブのほうは失敗しちまった」
「どうやら俺もヤキが回ったみたいだ」と続けるより早く、カラマリはジャックをシュバッと指さしていた。
「で……デザイアン様っ! コイツが失敗したんです!
コイツが持ってるナイフに、土に還ったあとの液体が残ってるのが何よりもの証拠です!
コイツはアル中で、ずっと手が震えてたんですよ!
コイツにやらせたら失敗すると思って、メインの『猛毒肝』は僕が剥ぎ取りました!
サブも僕が剥ぎ取るつもりだったのに、コイツが無理やりやって、失敗したんです!」
立て板に水が流れるような、見事なまでの『なすりつけ』。
他の弟子たちは、目を丸くしてカラマリを見ていたが、すぐに乗っかった。
「そ……そうです! 僕も見てました!」
「もはやジャックは役立たずです! ここにいる僕たちのほうが剥ぎ取りが上手なんです!」
「それなのにジャックは認めようとせず、ずっと偉そうに師匠風を吹かしてて……!」
なぜならば、カラマリの仕業だとバレたら、弟子の全体責任にされると思ったからだ。
弟子たちはデザイアンに怒られるのが怖くて、師匠であるジャックをあっさり売り渡した。
そしてジャックは否定しようともせず、肩をすくめる。
口の中にしまい込んでいた言葉をようやく外に出した。
「ああ、どうやら俺もヤキが回ったみたいだ。久々に、失敗しちまったよ。
でもいいじゃないか、メインのものが手に入ったんだから、クエストは達成だ。
それに、昔は俺たち……」
次の瞬間、ジャックの頭は身体ごと、斬首されたように吹っ飛んでいた。
馬上から振り下ろされたムチが、首筋を打っていたのだ。
ジャックが首から下げていた
デザイアンは飛んできたギルドタグをキャッチすると、その仲間の証を潰すほどに握りしめていた。
「貴様はクビだっ! いいや、殉死だっ!」
倒れたままのジャックの背中に、容赦ない追撃のムチが降り注ぐ。
「よく俺様の前で、いけしゃあしゃあと!
俺様は失敗が大嫌いなのだっ!
失敗は殺すっ! 敗北は殺すっ! 後退は殺すっ!
殺すっ! 殺すっ! 殺すぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ジャックの背中は服ごと切り裂かれ、血の滲んだ裂傷にまみれる。
それは見るからに痛々しい姿であったが、誰もデザイアンの暴力を止めることはしない。
誰もが、巻き込まれるのを怖れていたから。
弟子たちはとうとう、自分たちは関係ないとばかりに、仲間たちの群れに移動していた。
それからデザイアンの指示で、ジャックは打ち付けた十字の木材に磔にされる。
ジャックはもうボロボロで、抵抗する気力も残っていなかった。
帰り支度を終えた、オールグリードの一行。
リーダーであるデザイアンは、洞窟の最深部に残した罪人を見やる。
「我がギルドでは、失敗こそが何よりもの大罪!
失敗した者に与えられるのは、不名誉なる死!
皆の者! あの愚か者の最後の姿を、しっかり目に焼きつけておくのだ!
そして誓うのだ! 絶対に失敗はせぬと!」
すると、帰りの隊列の中から、カラマリが飛び出してくる。
彼は足元の石を拾いあげると、生まれ変わったようにキリッととした表情で宣言した。
「はい、デザイアン様! 僕は誓います! 失敗はしないと!
あんな愚か者にはならないと、今ここに誓いますっ!」
言いながら、手にしていた石をジャックに投げつける。
石はジャックの頭にガツンと当たった。
「ワハハハ! いいぞ、剥ぎ取り師!
貴様、なかなか見所があるな!
よぉし、それでは今日から貴様が我がギルドにおける、剥ぎ取り師のリーダーとなるのだ!」
「あ……ありがとうございます!」と頭を下げるカラマリ。
すると我も我もと寄ってきて、かつての仲間たちがジャックに石を投げはじめた。
「このっ! ギルド設立メンバーだからって、偉そうにしやがって!」
「偉そうにして失敗するだなんて、ざまぁねぇぜ!」
「デザイアン様の足をひっぱりやがって! お前なんかモンスターのエサになっちまえ!」
飛び交う石、狂気に満ちた笑い声。
高い木の上の罪人は、ただ血の涙を流すだけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後。
とある3人組のパーティが、『毒眼竜の洞窟』を訪れていた。
彼らが探索していたのは浅層だったので、それほど強いモンスターはいない。
しかし彼らはまだ経験が浅いのか、その雑魚モンスターにすら苦戦していた。
そこに、悲鳴がやってくる。
「たっ……助けてくれぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
衣服がボロボロの半裸の男、しかもなぜか身体を木に縛り付けられた格好で走ってきたのだ。
しかも、ドドドドドと振動を起こすほどの、モンスターの群れを引きつれて。
モンスターはワニとダチョウを足したような姿の『リザーダッグ』を。
この洞窟の浅層ではポピュラーなモンスターであった。
先ほど同じモンスターと戦闘を終えたばかりのパーティは、「うえっ!?」と叫んでいた。
「な、なにアイツ!? モンスターをあんなに引きつれてるわよ!?」
「しっしっ、あっち行け! 巻き込むんじゃねぇ!」
「ええい、もうこうなったら、やるしかないよっ!」
パーティは、逃げ回る半裸の男を追いかけ、時にはリザーダッグに追いかけられ、ドタバタの乱闘を展開。
なんとかモンスターの群れを全滅させた。
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