『物欲センサー無視』の剥ぎ取り師。SSS級のレアアイテムを取り放題で、姫巫女のギルドで慕わるように。俺を追放した勇者ギルドでは、剥ぎ取れるのはゴミばかり? でも実にお似合いなので、そのまま埋もれてろ。

佐藤謙羊

第1話

 世界有数の冒険者ギルド、『オールグリード』。

 その中でもナンバー1とされている『絶対勇者デザイアン』。


 彼を目にしたモンスターは、まるで強盗に押し入られた善良な市民のように、抵抗することを忘れるという。

 それは、とある小国である『グロリアス王国』に厄災をもたらしている、『毒眼竜どくがんりゅうマサムネリア』も例外ではなかった。


 マサムネリアは普段は半眼であるが、カッと眼を見開いて睨み付けるだけで、視界内にいる者たちを毒状態にすることができる。

 軍隊ですら退けたこの恐るべきモンスターが、臆していたのだ。


 『毒眼竜の洞窟』、最深部にある住処に押し入ってきた、絶対なる勇者に。

 勇者デザイアンは白馬に乗ったまま、高らかに叫ぶ。


「ワハハ! どうだ! 俺様を見ただけで、邪竜が震えあがっておるわ!

 このまま一気に討伐するぞっ! あやつを倒せば、我らのギルドはさらなる高みに昇り詰めることができるのだ!」


 後続についていた大勢の仲間たちが「おおーっ!」と拳を掲げた。

 デザイアンは高揚する仲間たちを、殺気のこもった目で睥睨へいげいする。


「よいか! ここから一歩でも引いた者は殺す! 攻撃を外した者は殺す!

 負傷した者は殺す! 殺さぬ者は殺す! 死んだ者は殺すっ!

 少しでも失敗した者は、この俺様が殺してやるから、死ぬ気で戦うのだっ!

 いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「おっ……おおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 デザイアンが手にしていた乗馬用のムチをぴしりとやると、仲間たちは尻を打たれた競走馬のようにサムネリアに突っ込んでいく。


 それまで彼らを支配していたのは、邪竜に対する恐怖。

 しかし今は、勇者に対する畏怖であった。


 我に返ったマサムネリアは得意の『毒睨み』を効かせ、迫り来る人間たちを一網打尽にしようとする。

 しかし、カァーーーッ! と目を剥こうとしても、なぜか瞼が開かなかった。


「ワハハハハ! 恐怖のあまり、得意の毒をも失ったか! 脆弱なり、マサムネリア!」


 マサムネリアは瞼が急に鉛のように重くなってしまい、半眼を保つのもやっとの状態。

 その理由を知っていたのは、ただひとり。


 それは、特攻してきた人間たちの中にいた、ひとりのオッサン。

 彼は遠距離から太い針のようなものを投げつけてきて、マサムネリアの足の爪の隙間を貫いていた。


 オッサンは弟子たちとともに行動しており、なにやら説明している。


「いいか、あの爪の間のツボを突いてやると、マサムネリアの身体が不随意ふずいい反応を起こし、しばらく瞼がまともに開かなくなるんだ。

 使えるのは一度きりだが、タイミングよく突いてやると出鼻を挫ける。

 サポートとしてはこんなところだから、あとは他のヤツらに任せておけばいい」


 彼が「1限目終了っと」と言った途端、終業のチャイムが鳴るかのように、邪竜の断末魔が洞窟内に響き渡った。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『毒眼竜マサムネリア』の討伐は、わずか10分ほどで完了。

 それは、誰もがデザイアンの功績だと信じて疑わず、ギルドメンバーたちはリーダーの勇者を称えていた。


 パーティにはすっかりお疲れムードが漂っていたが、肝心な仕事がまだひとつだけ残っている。

 それは『剥ぎ取り』。


 剥ぎ取りというのは倒したモンスターの部位を解体するという行為である。

 モンスターの部位というのは、この世界の人間が生きていくには欠かせない、大切な資源。


 ギルドに持ち込まれるクエストというのは、人間社会に害をなすモンスターの討伐のほかに、モンスターの素材を持ち帰るというものがある。

 今回のマサムネリアのケースは両方で、邪竜ともなると高額な部位の剥ぎ取りが期待できた。


 剥ぎ取りというのは、手先が器用な盗賊関係の職種が行なうのがほとんどだが、ごく一部に剥ぎ取りを専門とする者たちがいる。

 彼らは『剥ぎ取り師』と呼ばれていた。


 そう、先ほどマサムネリアの毒ブレスを止めたオッサンこそが、ギルドの剥ぎ取り師であったのだ。

 オッサンは動かなくなったマサムネリアの死体のまわりに弟子を集め、講義を開始する。


「よーし、それじゃ2時限目といこうか。

 お待ちかねの剥ぎ取りだ。

 俺がお手本を示すから、みんな、よく見てるように」


 ふと、最前列にいた弟子が手を上げた。


「ジャック先生! 僕たちももう立派な剥ぎ取り師です!

 僕たちにやらせてもらえませんか!?」


「いや、カラマリ、そうさせてやりたいのはやまやまなんだけど、そうはいかないんだよ。

 このマサムネリアはちょっと厄介なんでな。まあ、今回だけは黙って見ててくれるか」


 ジャック先生と呼ばれたオッサンは、不満そうにする弟子のカラマリをなだめつつ、腰のベルトからナイフを引き抜く。

 それはブーメランのように、くの字に曲がった大ぶりの刀身を持つナイフだった。


 ジャックはナイフを構え、すぐそばで横たわるマサムネリアに向かう。

 その切っ先を、クジラのように巨大な腹にあてがった。


「まず、ウロコにそって腹を切り裂く。少しでもウロコを傷つけると全部がおじゃんになるから慎重にな」


 夜空に走る稲妻のようにヒビ割れた、細かいウロコ。

 それらを傷付けずにナイフを当てるのは至難の技なのだが、ジャックはまるで切り取り線でもあるかのようにスイスイと開腹に成功。


 パックリと開いた腹部に手を突っ込んで、紫色の臓器を取り出す。

 すかさずカラマリが「ジャック先生、その臓器はなんですか?」と尋ねる。


「コイツが今回のクエストにおける、納品物のメイン『猛毒肝』だ

 マサムネリアはいくつかの毒の器官を持っているが、その中でいちばん強力な毒が作られる臓器だな」


「これが猛毒肝なんですね!

 この中にある液体は毒じゃなくて、むしろ解毒薬になるんですよね!?」


「そうだ。でもうまく取り出さないと中身の液体が猛毒に変質しちまうんだ。

 ウロコを傷付けただけでもダメだから、慎重に作業する必要がある」


「なるほど! だから今回は先生が剥ぎ取りなさったんですね!」


「そういうことだ。じゃあ、次はサブの納品物である『毒肝』を取り出すぞ。

 同じように慎重にしないといけないから、よく見て……」


 不意に、声が割り込んできた。


「おい、剥ぎ取り師! こっちに宝箱を見つけたぞ!

 剥ぎ取りはあとにして、こっちを開けてくれるか!」


 仲間たちから呼ばれ、ジャックが「わかった!」応じる。

 ジャックは弟子たちに向き直ると、


「ちょっとヤボ用ができちまった。悪いけど、ちょっと待っててくれるか?」


「はい、先生! でもモンスターは剥ぎ取りを開始したら、すぐ土に還ってしまいます!

 宝箱よりも、剥ぎ取りのほうを優先したほうが……!」


「いや、それなら心配ない。この死体はしばらく土に還らないはずだ」


「ええっ!? そんなわけありません!

 剥ぎ取りを開始した死体というのは、平均1分で土に還るというデータがあるんですよ!?

 そんな基本的なこともご存じないのですか!?」


「だから大丈夫だって。もし消えたら俺が責任を取る」


 ジャックはそう言い残し、マサムネリアの腹に愛用のナイフを残したまま、宝箱の元へと向かう。

 問題の宝箱をちゃちゃっと解錠したあと、弟子たちの元へと戻る。


 しかしそこには、マサムネリアの死体は残っていなかった。

 弟子たちが取り囲んでいたのは、ドロドロと土に染み込んでいく液体。


 そして、ジャックのナイフを片手に、青い顔で佇むカラマリの姿であった。

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