道案内と初めての友達

 先ほどまで1人で歩いていた山沿いの道を、今度は海色さんと2人で歩いています。


 地図をじっと見ていた海色さんが、ふと口を開きます。


「…結構、奥の方だね。この後、何か予定があったりする?」


 質問に、「いいえ」と返すと、海色さんは「それじゃあ…」と続けます。


「行く途中に学校とかあるから、ついでに案内するよ」

「本当ですか? ありがとうございます!」



 それからしばらく、山と空き地を眺めながら、無言で歩きました。

 …話題がないのが、こんなに気まずいものとは、知りませんでした…


「……ここ、左。奥に見える豆腐みたいな建物」

「おお、あれが学校ですか…大きいですね! 確かに豆腐のように見えます」


 海色さんが指差した先にある建物は、本当に豆腐のようでした。白くて、四角い…それくらいしか特徴がありません。

 大きさは、周りの家と比べるとかなり大きいです。とはいえ、町役場と、もう一つのビルには及びませんが…


 私と海色さんは、そのまま学校の方へと歩きます。

 少し近づくと、校門が見えてきました。学校名が刻まれていたりはしません。


「あの、この学校は何という名前なんでしょうか」

「名前? この町に学校はここしかないから、名前はないよ。みんなそのまま学校って呼んでる」


 な、なるほど…名前が必要ありませんでしたか…


 そういえば、ここまで歩いて気がつきましたが、他の住人の方を見かけません。


「海色さん、ほかの住人の方々を見かけないのですが…この町はそんなに人口が少なかったりするのですか?」


 私の質問に、海色さんは苦笑いを浮かべながら答えます。


「あー…この町には、娯楽ってのが殆どなくてね…今はお昼時だから、出かけている人もあっちのビルの中のレストランでお昼食べてる頃かな…あまり出歩いている人はいないんだよ……見かけ上はね」


 そう言って指を刺した先には、町役場ではない方の大きなビルがありました。

 …何か最後に呟いたような気がしましたが…うまく聞き取れませんでした。


「なるほど、あのビルは商業施設だったんですね」

「うん。生活必需品とかを買えるのはあそこと、奥にあるコンビニくらいかな。まぁ、人口が少ないから、物が不足するとかはないけどね」



 その後、山沿いの道から離れ、今度は併走する感じのもう一つの直線道路を歩きました。

 左手は木々が茂っていますが、その先には川が見えます。

 …と、奥の河原で小学生くらいの子供たちが水遊びをしているのが見えました。


「今って、4月ですよね? あの子たちは寒くないのでしょうか…」


 海色さんは私の言葉に河原の方をみると、あぁ、と頷いて説明してくれました。


「体式の術には、体温を維持するものもあったはずだからね…ああいうのは、体式の人の特権かな…」


 が、説明を理解できませんでした。


「たいしき…? とは何なのですか?」

「それは…まぁ、そういう能力の、方式? みたいなものだよ。詳しい事は、また今度、多分教える機会があるはずだから…」

「な、なるほど…?」


 その、能力というものもよくわかりませんが…


「また今度、とは…そういう授業があったりするのですか?」

「う、うーん…この話は長くなるので、後々でいいっすか…」


 海色さんは、気まずそうにおかしな口調で聞いてきました。

 思わず笑いながら、「いいですよ」と答えると、ホッとした表情を浮かべて前を向きました。


 …そんなに説明が面倒な内容だったのでしょうか。だとしたら、少し申し訳ない気がします。



 それからしばらく、他愛無い雑談を…する事はなく、再び無言で歩きました。

 こ、これは私が会話が苦手なせいではないはずです。ただ、まだ知り合ったばかりで話すことがないだけ…


 …そうだといいですが。



****


「…そういえば」


 ふと、海色さんがこちらを見ました。


「舞香さんって、珍しいものつけてるね…それ」


 そう言って、私の顔を指します。厳密には、私の右目。


 片眼鏡モノクルでしょうか。


「これって、そんなに珍しいものなのですか?」

「うん、私は初めて見た。普通は両眼鏡じゃない?」


 …やっぱり、これは普通じゃないんですね。


「これは…先生が、こっちの方がいいから、と…」

「そ、そうなんだ…まぁ、確かに…?」


 海色さんは、微妙な表情を浮かべます。

 …やっぱり、両眼鏡の方がいいのでしょうか。


「い、いや、全然可愛いよ! そのままでいいと思う!」


 …表情に出てししまったのでしょうか。


「すみません…気を使わせてしまって…」

「いや、こちらこそごめん…」


 そのまま、しばらくの間気まずい雰囲気のまま歩くことになりました。



「そ、それで、さ…右目だけ眼鏡をつけてるって、そっちだけ目が悪かったりするの?」

「…はい。生まれつきらしいのですが、右目だけ本当に目が悪くて…眼鏡をつけてないと、見え方の差のせいで気持ち悪くなってしまうんです」


 私の説明に、海色さんは「なるほどね…」と頷きました。


「まぁ、舞香さんのトレードマーク、みたいな感じで、良いんじゃないかな」

「トレードマーク、ですか…?」

「うん。片眼鏡している人なんてこの町に他にいないし、なんというか…アイデンティティ?の一つとして、さ」


 そう言って、海色さんは私に笑いかけます。


 …そうですね。何か特徴がった方が、もしかしたら多くの方に覚えていただけるかもしれません。


「それに、なんだかかっこいいよね。もし、舞香さんが陣式の適性がある人だったら、これに何か仕込むのもいいかも!」

「か、カッコいい、ですか… 陣式…?とは、そういうこともできるんですね」


 海色さんは、しまった、という感じの表情で目を逸らします。


「う、うん…」

「どうかしたのですか?」


 私の問いかけに、顔を僅かにしかめながら、説明してくれました。


「あまり、自分の手札を他にばらさない方がいいんだよね、この町は…。さっきの仕事もそうだけど、一部の住人は集団で能力を用いた犯罪とか…そうでなくても、いたずらとか、縄張り争いとか、色々面倒なことやってるんだよね…」

「縄張り争い…なんだか、物語の世界みたいですね」

「そうだね…多分、そういうのに憧れている面もあるんだよ。実際に能力があるわけだからね」


 そう言って、海色さんは疲れたように息を吐きます。


「それで割りを食うのは治安を維持する側だよ。政府は『規制者』って言う対能力者アクセサー専用の、能力者アクセサーで構成された治安維持組織を作って警戒はしてくれているけど…数が足りない上に、ほとんどは外部に出張っていてね…しかも、

ここ最近は表立って騒ぎを起こさなくなってきていて…」

「あくせさー、とは何ですか?」

「あ、それはね」


 海色さんは表情を戻しました。


「エニマを用いた異能力を行使する人間の一般的な名称だよ。語源はそのままaccess。

まぁ、どうしてこの名前になったのかは知らないけどね」

「なるほど…それでは、そう言った騒ぎを起こす方々は、そのアクセサーという方々なのですか?」

「うん。そして、それを取り締まる規制者も、規制車の手の届かないところをアルバイトの形で調べたりする私のようなのも、みんなアクセサー。利田町は、アクセサーの隔離地区なんだよ」


 なるほど…ということは、私もそのアクセサーという人間なのでしょうか。


「そうだと思うよ。まぁ、詳しいことは学校が始まったら説明してもらえると思うよ」


 ふと、海色さんが「あ…」と、声を漏らしました。


「ここは、私の家」


 海色さんが指した先には…立派な一軒家がありました。

 周りは農地に囲まれているようです。


「大きいですね…」

「そう? まぁ、両親と住んでるし、広すぎることはないよ」


 そういうと、海色さんはこちらに向きました。


「偶然だけど、知り合った仲だし。舞香さんは良い人そうだから、これから仲良くしよう?」


 海色さんの言葉に、何だか嬉しくなった私は、思わず大きな声で返事をしてしまいました。


「その…これは、お友達になれた、ということなのでしょうか!」

「そ、そうだね…それじゃあ、せっかくだし、私のことは呼び捨てでいいよ? ついでに丁寧語もなしで、タメ口で」


 呼び捨て! 物語で読んだ「お友達」のようです!


「み…海色…ですか? あ、すみません…丁寧口調は、なんというか、これでしか話したことがないもので、このままでもいいですか?」

「無理しなくても大丈夫だよ。……その、私も、舞香って呼んでもいいかな…」

「全然オッケーです! というか、ぜひお願いします!」


 海色さん…海色は、私の上がりすぎたテンションに引くこともなく、「了解っ」とわらいました。


「は…初めてのお友達ができました…」

「あれ、初めてなんだ? それは光栄だね」


 そうです、初めてなのです。

 先日までいた場所には、同年代の方は1人もいませんでしたから。


「それじゃあ、行こうか。舞香の家ももう直ぐだから」

「はい!」


 今度は、手を繋いで道を歩き始めました。

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