利田町②

 それから少しの間だけ、山と川の間の道を走ると、景色が住宅街に変わりました。


 景色の奥には低めの山が見えます。手前には…アパート、でしょうか。3階建ての集合住宅がいくつも立ち並んでいます。そして、そのアパートが固まっている場所以外には、広大な…空き地が広がっていました。

 しかし、空き地ばかりと言うわけでもなく、ぽつりぽつりと家が建っていたりします。


 アパートがたくさんあるかと思えば、土地は有り余っているようで、一軒家もありますが、それも少ない。

 そして、車が走る道の先には、大きなビル(先ほど見たほどの高さではありませんが…)が2つ、聳え立っています。


「なんだか…ちぐはぐな町ですね」


 私の言葉に、兵士さんは何も返しませんでした。


 先生には、ビルやアパートなどの高い建物は土地が少ない都会に多いと教わりました。しかし、この町は土地がたくさんあります。


 …そういえば、農地だった場所が放棄されてできる空き地が近年増えていると、先生が言っていた気がします。

 もしかしたら、それかもしれませんね。後で町の方に聞いてみましょう。



 そして、まっすぐな道を進むこと数分。先ほどから見えていたビルの建っている場所に着きました。


「降りるぞ」


 兵士さんは一言私に言ってから、外に出ました。どうやらここが町役場のようです。


 外に出たその時、目の前のビルの入り口から、2人の女性が出てきました。

 片方は、先生と同じくらいの若さ…先生が30歳だと仰っていたので、それくらいでしょうか。もう一方のは……60歳ほどでしょうか。白髪の優しげなおばあさんです。


「新しい住人を連れてきた。あとはそちらに任せる」


 兵士さんが彼女らに私を紹介すると、おばあさんの方がこちらに向きました。お姉さんの方は兵士さんとお話を続けるようです。


「はじめまして。利田町の町長をしています、早苗桜です。よろしくね」


 おばあさん…早苗さんは、町長さんだったようです。


「舞香と申します。よろしくお願いします!」


 言い切ってから頭を下げます。


「しっかりした子で助かります…それでは、中井さん。ここからは私が受け持ちます。ここまでありがとうございました」


 兵士さんは、中井さんという名前のようです。

 お姉さんとの話が終わったらしい中井さんは、早苗さんの言葉に頷くと今度は私に向いて…急に気不味そうな表情をしました。


 きょとんと首を傾げると、中井さんは絞り出すように、一言、「……まぁ、がんばれよ」とだけ言うと、そそくさと車に乗り込んで、そのまま走り去ってしまいました。


「…何だったのでしょうか」


 私の疑問に、早苗さんとお姉さんは苦笑いで返しました。


 …本当に何だったのでしょうか。



****


「それじゃあ、説明させていただきますね」

「よろしくお願いします」


 中井さんが去った後、私たち3人は町役場の中に入り、中のカウンターで向かい合って座っていました。お姉さんの方は、補佐のような感じで早苗さんの後ろに立っています。


「とは言っても、重要事項については中井さん達から聞いているでしょうし…まずは、地図を渡しましょうか」


 そう言って、早苗さんは私の前に地図を広げました。地図に記されているのは、利田町の全域…のみでした。周りは山と川に囲まれていて、かろうじて枠内に入っている他の町であろうスペースには、何も書かれていません。


 私でも、ここまでくると流石に察せます。おそらくこの町は、他の町や都市から隔離された地区なのでしょう。

 なぜ隔離されているのかは、まったくもって分かりませんが…


「あなたが住むのは……この辺りにある住宅街にある一軒家ですね。細かい地図は、こちらです」

「一軒家、ですか? 私がここにくる途中に見えたアパート? では無いのですか?」


 私の突然の質問に、早苗さんは表情を変えずに答えてくださいました。


「そのアパート群は、この町で働く公務員…外部の人間が住む場所ですね。基本、この町の住人・・は一軒家に住むことができます」

「それは…理由があったりするのでしょうか」


 それに、外部の人間とは…住人と何が違うのでしょうか。


「この町の住人は、町の外に出ることは許されません。詳しいことは、学校の先生や、今後できるであろう友人に聞くのがいいでしょう」

「友人、ですか…?」


 友人…言葉だけは知っていますが…どうやって作ればいいのでしょうか。


「友人とは、どうやって作るのもなのですか?」


 そう尋ねると、早苗さんと、後ろのお姉さんも変な顔をしました。

 …おかしなことを聞いてしまったのでしょうか。


「そう…ね……学校に通うようになれば、自然とわかるでしょう。それでもわからなかったら、またここに来てください。その時は、協力しましょう」

「そうですか…ありがとうございます」


 方法は自分で見つけろ、と言うことでしょうか。先生の授業でも、そんな感じの内容のものがあった気がします。

 先ずは、自分で頑張るべき、と言うことですね。


「それでは、これで説明は終わりですが…質問など、ありますか?」


 質問…本当は、沢山聞きたいことはあるのですが…自分で考えることも大事だと思いますし…


「来る途中に見えた、沢山の空き地は…」


 どうでもいいけど、とても気になることを聞くことしました。

 私の質問に、早苗さんはきょとんとした表情をしたあと、にっこりと笑って答えてくれました。


「あの土地は、農地の跡です。あのあたりの一軒家は空き家になっていて、農地を管理する人がいなくなってしまって……舞香さんが住む奥の方に行くと、ちゃんと農作物を栽培している土地がありますよ」

「なるほど…ありがとうございます!」


 やはり、管理する人がいなくなってしまった土地のようでした。

 それじゃあ…あとひとつだけ。


「先ほど私がここに来る時に乗ってきた車が、先生に教えてもらった車と随分違う感じだったのですが、何か特別なものなのでしょうか」


 この質問に、早苗さんと後ろのお姉さんは少し驚いた顔をしました…が、早苗さんはすぐに表情を戻して、答えてくださいました。


「あれは、装甲車というものですね。簡単に言えば、とても頑丈な車…でしょうか」

「なるほど…! ありがとうございます!」


 頑丈な車…そう言われると、確かにそんな印象を持てます。


「…質問は、もう大丈夫?」

「はい!」

「それじゃあ、舞香さんは自分の家に行ってみてね。先ほど渡した小さい方の地図に、細かい道が書いてあるから」

「ありがとうございました。これからよろしくお願いします!」


 挨拶をすると、早苗さんはにっこりと笑いました。

 …そういえば、お姉さんの方の名前をまだ私は知りません。

 出口に向かうときにこっそり尋ねると、微笑みながら、「早苗 椿だよ」と答えてくださいました。

 同じ苗字…もしかして、町長さんの方の早苗さんの娘さんなのでしょうか…!


 新しく気になることが増えてしまいましたが、出口についてしまいました。これは、また今度聞くことにします。


「それでは!」


 私が地図を見ながら歩いていくのを、おふたりは手を振って見送ってくださいました。






 肝心な事を、尋ねるのを忘れていました。

 地図の読み方を、私は知りませんでした。

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