#05 線画と陰影

 さて、次は線画を描こう。


 秀也という人間について、と、秀也と一正との関係だ。


 これらについては現場でと羅列していた時に僕なりにでも考えているから要点だけまとめて終わりにしよう。深く考えると、また推理というラビリンスで迷子になってしまうから。それこそ推理という絵の下絵をなぞる線画のように。さらっと。


 秀也は一正に苛烈な暴力を振るっていた。


 一正が、その暴力に耐えきれなくなり、秀也にレース勝負を挑んだ。


 その果て、一正の前の車が廃車になり、彼自身も生死の境をさ迷う。


 そして、


 一正は、この上ないまでにも秀也を憎む。


 憎しみは、やがて煮え切らない奈緒子に転嫁する。転嫁したという件は推論だが。


 うむっ。


 こんなもんか。線画はな。


 ちょっとだけ線が曲がってしまったり、歪んでいるのは、ご愛敬だ。


 よし、次は色を置こうか。


 パチンコ玉についてだな。


 これも、今日一日、云々してたから今さらで敢えて記す必要もない。


 ぱっぱと大まかにでも色を決めるようにも置いてゆく。


 ただ一つだけ気になった事はといえば、トラックのタイヤを調べに行った、つまり推理というイラストを描く上での影つけにも通ずるのだが、そのトラックのタイヤにパチンコ玉が見当たらなかったという事だ。あれは、どういう意味なのだろう?


 順当に考えればパチンコ玉は、元々、路上には無かったとも思える。


 無かったのだからタイヤの溝にもハマっていなかったと、そう考えられるわけだ。


 それでも無かったとするのはトリックを考える上でマイナスだろう。


 トリックになくてはならないものであるとされているからこそ始めから無かったとするとトラックのタイヤとの繋がりがなくなってしまうからだ。無論、わざわざ宅配会社に出向いてタイヤを調べにいった意味も分からなくなる。……とは思う。


 うむっ。


 もしも、


 パチンコ玉が始めから路上に無かったのならばタイヤに挟まってないのは火を見るよりも明らかだからだ。確認する必要もない。いや、ちょっと待て。そう考えるのは早計か。むしろタイヤの溝に玉が残されていない事を確認しにいったのならば……。


 始めから路上に玉が無かったという事実を確定する為に出向いたとも言えるのか?


 うむむ。


 徐々にだが、陰影がついて推理という絵の輪郭がハッキリしてきた。


 ただし、明暗がハッキリしたからこそ、その影である謎も深まった。


 てかっ。


 どっちだ? ……路上に無かった事を確定する為か、はたまた路上にあり、路肩へと捨てられたとする為なのか。そのどちらも可能性があるような気がしてしまい、また思考が絡んできそうにもなった。このままでは推理という絵は描けなくなる。


 あと少しというところで。


 いかん。


 いかん。


 今はまだ影をつけている段階に過ぎない。


 また僕はザバッと顔を一気にお湯につけて息を止める。


 鼻から息を吐き出してボコボコと音を立て気泡を作る。


 顔を上げて口から一つ大きくも息を吸う。


 ふおっ。


 と……。

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