#09 やられちまったな

 うむむ。


 とにかくホワイはウソで冗談ですわと言わぬがばかり。


 ハウも、それが分かったからか、僕と顔を見合わせて見つめ合い笑い合った。やられちまったよとばかりに。でも、まあ、ここは人の心を読み、誘導する事に長けたホワイを褒める場面なんだろうな。少なくとも笑わせてくれたという意味では。


「フムッ」


 と、ひとしきり笑って僕らが満足したタイミングで、フーがゆっくりと口を開く。


「これにてお開きです。皆さん、それで、よろしいか?」


 おもむろに藤編みの椅子から立ち上がり、一同を見渡してから終劇を宣言する。無論、誰も相違はなく、今日という日が無事に終わった。ただ終わったなどと思ったら、途端、眠たくなってきた。様々な事がありすぎて疲れ果ててしまい。


 嗚呼、早く帰ってベッドで寝たいと……。


 泥のよう時間も気にせずに思いっきりな。


 数分後。


 僕は、帰り支度を終えて、ふわふわを出ようともする。


「では、また明日、朝7時30分にここにお越し下さい」


 とフー。


 閉店の準備だと床を掃いていたハウが右目でウインク。


「あ、ケンダマン、今日はお疲れね。ゆっくりと寝なよ」


 テーブルを濡れたぞうきんで拭いていたホワイも、また視線をこちらへと向ける。


 ホホホ。


「本当にお疲れ様でした。明日こそ解決すると良いですわね。グラジオラスでも愛でて勝利を目指しましょうか。ファイトです。明日もお互い頑張りましょうね」


 彼女らに労をねぎらわれて悪い気はしなかった。むしろ良い気分にさえもなった。


 ただし、


 こいつらが灰色探偵の面々ではなければの話なのだが。


 分かってんだよ。本当は続く言葉が隠されているってな。ハウのゆっくりと寝なよの後には明日もいじめてあげるからさが隠れてて、ホワイの明日もお互い頑張りましょうねの後には推理ゲームでの死闘をねとな。まあ、少しだけ邪推な気もするが。


 兎に角、


 これで今日の推理ゲーム自体は無事に終わったわけだ。


 ふあっ。


 眠いぞ。


 などと言い、白い息を吐きながら、あくびを一つだけ。


 駐車場に停めてあった愛車フーレアワゴンのドアを開ける。運転席に収まる。キーを差し込み、セルを回す。エンジンがロックをかき鳴らす。それにしても夜のとばりがおりているからか、寒さが半端ない。いや、寒すぎる。雪が降ってもきそうだ。


 うむむ。……雪か。降ったら嫌すぎるな。すわ雪の日には良い思い出がないから。


 いや、ちょっとだけ待て。


 そう言えば週間天気予報で明日の天気は雪だとかなんだとか言っていた気がする。


 今夜、夜半過ぎから大寒波が列島を襲うとかどうとか。


 マジか。


 スマホを取り出して天気予報のサイトを開く。……やっぱり明日は雪か。うむむ。


 クソッ。


 嫌な予感しかしない。また一つ嫌な思い出が増えてしまうのではなかろうかとだ。


 というかスマホを取り出して思い出した。


 もう二度とCVさんとは連絡がとれないのだろうかと。


 なんだか、それも少し寂しいな、なんて風にも思った。


 でも今は眠いや、と、CVさんの事を頭から振り落として、一路、家路を急いだ。


 雪が降るかもしれないという事も、明日の事は明日になってから考えようと……。


 そうして僕の愛車は闇の中へと溶け込み、消え失せた。


 ふわふわ(魔城)の前から脱兎のごとく逃げ出すよう。

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