#02 葬送曲
不意に舞い降りてきた不幸に歯がみをしつつ必死で思考を巡らせる。
焦ってもみるが、焦っても問題は解決などしないと頭を切り替える。
「しゃぁねな。直接交渉すっか」
この速度域にあって進んで死ぬ行為とも思える片手運転で器用にバイクを繰り、スマホを取り出す。無論、道交法違反だが、そもそもが自殺行為なのだから、今さら法律違反を気にするようなものでもない。彼は奈緒子に電話とスマホに語りかける。
まるでファミレスなどでヒマを持て余して仲間を呼び出す感覚で、電話をかける。
その時、ついでだばかり時間を確認した。午後11時47分だった。
時間を確認したあとで耳にスマホを持っていく。
無論、半ヘルであるから耳へと吸い付くスマホ。
数コールののち目当ての声がスマホから漏れる。
近くにはいるが決して手が届かない奈緒子の声。
「おう。奈緒子か? 聞けよ。そいつはよぉ……」
「バーカ」
一言だけ、秀也を罵る奈緒子。
そして無情にも電話は切れる。
どうやら酔っ払っているようだ。ただし、奈緒子が酔っ払って秀也を罵る事は普段から良くある事。だからこそ特別に嫌な気分にもならないし、逆に心配になるような事もない。それよりも今日という夜に対して何か言い知れぬ嫌なものを感じていた。
何がというわけでもないのだが、何か背筋に冷たいものがこびりついていたのだ。
強いて言えば、ここに在る数時間前に悪友から改めて一正が持つ狂気の片鱗を聞かされていたからかもしれない。それは同じく暴走族である友に一正が詰め寄った事。その時に、これは奈緒子の為だと言い、秀也についても聞いてきたのだと言う。
爽やかに笑む顔とは裏腹にも刃が出ていないカッターナイフを握っていたらしい。
しかも、
プロ仕様の馬鹿でかいナイフで、わざわざ買ってきたようにさえ思えたと聞いた。
そして、
言葉のリズムに合わせて、チキチキチキっと軽快に刃を出し入れしていたらしい。
まるで葬送曲でも奏でるよう。
しかも、一見して温厚だが、ちろちろと見え隠れする、どす黒い闇が感じられたという。思い詰めたような、吹っ切れたような、なんとも表現しがたい闇だったと。それを聞かされていたからこそ言い知れぬ不安がこびりついたのかもしれない。
無論、さすがの悪友でも気圧されてお前も気を付けろと念を押されていたわけだ。
だからこそ、その一正の車に奈緒子が乗っていると知ったからこそ。
執拗に一正を追い回していた。なにかあった後では遅いとばかりに。
ガス欠で、いつエンストを起こすか分からないバイクのアクセルを必死で吹かす。
遂には時速で90kmに差し掛かろうとした時。
「クソが」
と、秀也は舌打ちをして静かにアクセルを戻す。
とりあえずとばかり止まって熱いエンジンをアイドリングに任せる。
このまま無為に追いかけ回してガス欠でエンストしてもしまらない。
だから。
「まったく止まる気配さえ見せねぇな。しゃぁねぇか。こうなったら」
アクセルターンをかまし進行方向をねじ曲げる。
バンク角を稼いで、後輪を滑らせてから横へとバイクを向けたのだ。
「先回りして止めるっかねぇぞ」
などと意味もなく独りごちて、側道へと向かう。
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