#06 引き時
「いや、だから聞いてくれ。犯人は一正なんだよ。俺じゃねぇ」
「フム。そうは言えども、それを証明する物や、それを証明してくれる人はいるのですか。もし、ないとか、いないならば単なる悔し紛れととられて、お終いですよ」
「まあ、そうだけどよぉッ」
と、項垂れてしまう秀也。
顔を右手で覆ってしまう。
「そうだ」
と、なにかに気づいたように顔を上げて、表情が明るくなる。
「一正と俺の関係だったよな。それを話せば、俺の無実が、証明できるんだよな?」
と、すがりつくような瞳でフーを見つめる。
遂には、フーに駆け寄って、両肩でも掴みそうなイキオイだ。
対して、
泰然自若然とした態度で不動明王なるフー。
なにも答えない。一切、動かず静かに佇む。
山だな。
今のフーは。風林火山の。
「ほ、本当に前に話した事以外、なにもねぇんだ。わりいけどな。あ、そうだ。奈緒子から一正への暴力は止めてくれとは言われてた。だから逆に意固地にはなったな」
出たッ!
遂に出た。待ちに待っていた聞きたい事が。
聞いてもいないのに相手から言い出したぞ。
まるでパチンコで大当たりを引いた気分だ。
嬉しくて小躍りしそうにもなる。しかしフーが己の唇の前に右人差し指を立てて制してくる。無論、ここで小躍りなどしようものなら全ての策は崩れ去るが為。僕も僕の気持ちを落ち着けて、天を仰ぎ、大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐く。
「よろしい。意固地になったという事は……」
とフーが冷静に先を促す。
「ああ。暴力が他の男共よりも苛烈になっちまったって事だな」
後ろ頭を乱暴にかく秀也。
そうか。
これで一つの仮説が立つ。
秀也からの暴力を止めてくれと奈緒子に頼んだとして、それが聞き入れられなかったと感じた一正がいた。しかも、意固地になった秀也によって日に日に暴力は加速していく。どうにも耐えきれなくなった一正が奈緒子を疎ましく思うようになった。
うん。問題は無さそうだな。よし、これで動機が確定したぞ。
というかだ。動機を固める為に秀也の元を訪れ、目標を達成したにも関わらず、動き出そうとしない彼らは、一体、今、何を考えているんだ。これ以上の情報を、この場で暴き出すとでも言うのか。それでも彼らが動かないならば僕も動けない。
まだ、何かがあるのだろうと思えるからだ。
そして、
その何かは確かにあった。動機を固める以前に、それ以上とも言える情報を件の秀也から聞き出す事に成功したのだ。唯々、静かに待ち続ける事で、それを為し得たのだ。引き時という言葉があるが、彼らは、それを十全に理解していたわけだ。
今は、まだ引き時ではない。勝負続行とだ。
つまり、
決して見る事ができない流れを、しかっとその眼(まなこ)で捉えていたわけだ。
そして、
それは、
この探偵達には何が見えていたのか、少しだけ分かった気がした瞬間でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます