#05 実演

 均衡が崩れたあとは早い。


「……奈緒子のアレは事故で落ち着いたんだろうが。俺は事件だと思ってるけどな」


 フーが目を閉じて答える。


「先ほども申しましたが、すでに事故は事件に成っています。だからこそ今の我々のフェズは犯人捜しへと移行しているわけです。その容疑者の一人が君なのですよ」


 容疑者と言われても、まったく動じる様子を見せない、秀也。


 それどころか、ふてぶてしさが増してきたような気さえする。


 無論、フーが言った犯人捜しとはフェイク。鎌をかけている。しかし、だからこそのわざとらしさなど微塵も感じさせない。むしろ、犯人はお前だ、という圧が半端ない迫真の演技。さて、このあとは、どういった手を打つのか。興味が尽きない。


「君は暴走族でしたよね?」


 それは、


 間違いなく、不利になるとでも言いたげな雰囲気を醸し出す。


 遂に背を向けていた秀也が振り返って、目を閉じて息を吐く。


 興奮してきているのか、吐く息の温度が上がって、息が白い。


「暴走族だからってなんなんだ。コラ。暴走族だから殺したとでも言いてぇのか?」


 僕が思った事と同じような趣旨を持つ言葉を乱暴に投げ返す。


 怒りを心に秘めフーを細い目で睨み殺すよう視線を突き刺す。


「いえ。違います。暴走族だからで不当な扱いを受けてしまっては偲びないと考えています。だから先ほども述べた通りに君の疑いを晴らしたいのです。お分かりか?」


 そうか。


 そうだったのか。マジか。


 どんどん繋がってくるぞ。


 敷き詰めてあった布石が。


 ふっと視線の端に映り込んできたハウが右手でピースをしている。その顔は、やってやりましたと言わぬがばかりで、僕にもその意味が理解できた。これはハウが組み立ててた策、彼女なりに言わせるならばトリックというわけだ。小憎らしいがな。


 そう思うと、あの宅配会社で社長に繰り出したと言っていた、それも、また……。


 そういう事だったのか。今し方の秀也のよう籠絡したわけか。


 無論、言葉や態度などは違えども、大枠は、こんな感じでだ。


 確かに、懇切丁寧にも言葉で説明されたら、それこそ企業秘密に抵触してしまう。


 というか、今の秀也とのやりとりで実際に実演して見せてくれているわけじゃないよな。僕が知りたがっていたから。いや、たまたま秀也を籠絡させる為、これまた、たまたま同じような状況になってしまっただけだろう。うむ。間違いなくな。


 もし、敢えてで実演しているのならば……、


 イヤミを通り越して、それは、もやは神業としか言えないぞ。


 いや、ちょっと待て。たとえ神業だったとしても、こいつらならば、あり得るから怖い。というか、実演してくれていたとしてもヒント料は払わないぞ。だって勝手にやっているだけだからな。黙ってヒントを提示しないとも確認しているしな。


 それでも体の震えが決して止まらないのは、


 やはり、眼前で起こる事が奇跡だとしか思えないからだろう。


 神にしか起こせない奇跡であるからだろう。


 多分に。

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