#06 どうせ

 タイヤには、一切、何の痕跡も認められなかった。


 だからと言って、なにが分かるわけでもなく、単にトラック運転手が、なにも踏まなかったのだろうという事の再確認でしかなかった。途方にくれて、また空を見上げる。雲は散ってなくなり、風もまた止んでいた。静かな時が、そこに在った。


 なにもなければ平和な午後で昼寝でもしたい気分になるような心地よさを感じた。


 無論、なにもなければの話なのだが。


 クソッ!


「フフフ」


 とホワイが笑ってからフーに告げる。


「お父様。もう焦らして遊ぶのは、この辺にしておきましょう。このままではヤマケンさんが存在迷子になってしまいます。ここでサービスしてもよろしいかと……」


 そうですね。ホワイの言う通りです。


「フムッ」


 と、フーが頷き、ホワイからバトンタッチされた言葉を紡ぎ出す。


 どうやら、ここから先に進む為の、何かを提示してくれるようだ。


 ありがたい。……素直にありがたい。


 不甲斐もないが、そう思うしかない。


「わたくしも調べましたが、タイヤには、なんの痕跡も認められませんでした。つまりトラック運転手の証言の裏付けがとれたわけです。それこそが大事なのですよ」


 捜査においては、です。


「もし仮にですが、パチンコ玉を踏んでいたならば」


 1個くらいはタイヤの溝にハマっていてもおかしくはないのです。


 裏付けだと。……そうか。なるほど。


 ドラマとかでよく見るやつだ。ほう。


 僕は、よくやく、得心がいって頷く。


「パチンコ玉は認められなかった。ゆえ、事件当夜、トラックは奈緒子さん以外轢かなかったと証明できたわけです。このファクトの大事さは分かりますよね?」


 フーが顎を撫でて目を細めて微笑む。


 いやいや、ファクトという言葉自体が分からない。


 無論、ファクトは要素だとは分かっている。知っているが、この小憎らしい性悪には意地悪したくもなる。ただ、この思いを形にしてしまうと、また、ど正論が真っ正面から飛んできて、ただでさえボロボロな僕が余計なダメージを喰らうのだろう。


 だから悔しい気持ちをぐっと堪え静かにうなずく。


「よろしい。では、これで奈緒子さんの死は事故ではなく完全に事件と言えるようになりました。この意味も、お分かりですよね。分からなければ解説致しますが?」


 と、フーが温かく笑む。


 いや、いい。聞きたくない。どうせ。


「もちろん、ヒント料は頂きますがね」


 と敢えてで二の句を繋いでくるフー。


 だなッ。


 今更、言われなくても分かってるよ。


 どうやら金塊から始まった灰色探偵の策は、ここまででワンセットのようだ。良いように操られ、思い通りに着地させられてしまった僕は、また不甲斐なくなった。しかしながら、この時は気づいていなかったのだが、この先もあった。あったのだ。


 無論、僕という人間の器の小ささをまた痛感させらる出来事がだ。


 ともかく、この時の僕は、もはや、項垂れるしかなかったのだが。

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