#05 うっかり

 僕の興味は一瞬だけブラウン・マジェスカに移ったが、すぐにトラックへと戻る。


 こうなったら意地だ。意地で先に進んでやるとだ。


 フムッ!


「ヒントは結構ですという顔ですね。よろしい。では山口君の手腕を拝見致しましょうか。もちろんヒントが欲しい時は遠慮せずにお申し付け下さいね。フフフ」


 と含みを隠した笑いを浮かべるフー。


 だろうな。そう言うと思っていたよ。もう慣れた。


 と睨み付けてもみたが、正直、どうすればいいのかは、まったく分からなかった。


 沈黙に支配される辺り。


 時が無為に過ぎてゆく。


 空では白い雲が流れて、一陣の風が頬を撫でる。温かい日差しが、今は小憎らしい。分からないが、どうしようになり、それが待たせているという思考と混じり、焦りに変わってくる。無論、性悪なこいつらに気遣う義理など、どこにもないのだが。


 フーが空を見上げて何気なくも呟く。


「よろしい。雑談として聞いて下さい」


 なんだ?


 いきなり。……なにを言い出すんだ?


 もしかして、これも策のうちなのか?


 フーは、


「山口君には無駄だと切り捨てた事がありますね。しかし、それは証明という一点において大事なもの。なんの事を言っているのか、分からないならば流して下さい」


 と遠い目をして空の彼方を見つめる。


 無駄だと思った事。そんな事を思ったかなと記憶の海原へと飛び込む。深みを目指し潜ってゆく。CVさんからの共犯関係の否定を思い出す。違う。その前は、と記憶を辿る。ハウから2回分のヒント料でタネ明かしをすると言われた事を思い出す。


 これも違う。もっと奥だ。底だ。深く潜り続ける。


 混濁する記憶で溺れそうにもなるが、必死になって、探ってゆく。


 一端、息継ぎをしようかと記憶の水面に視線を移した時、気づく。


 そうだ。


 うんっ!


 確かに僕はこう思った。


 タイヤを調べて、なんの痕跡もないという事実を確認して一体どうするのかとだ。


 フーが、運転手に問い、運転手が、なにも踏まなかったと応えたからこそだ。なにも残っていないのは当然だとすら考えた。という事は、もしかしてだが、証明という一点において、なんの跡もないタイヤというものは重要なのだという事なのか?


 分からないからこそ口をつく言葉達。


「あのう、一つ聞いてもいいですか?」


 フーを見つめて困った顔つきで言う。


 間抜けな発言。なんの間違いもなく。


 無論、策にハマってしまったわけだ。


 思わず。


 つまり、


「フム。それはヒントの請求ですか?」


 当然過ぎる答え。むしろ、この答え以外は、ないとさえも言える。


 この答えが分かりきっていたからこそ、間抜けだと思ったわけだ。


 しかし、この時は期待していたんだろうな。フーという探偵に。だからこそ顔を真っ赤にして、もういい、とばかりにトラックのタイヤへと向かって歩き出した。そののちフーがそうしていたように僕もまたタイヤを精査してなにもないのを確認する。


 やはり、


 やっぱり、とも言うべきなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る