#06 口癖?

 ここで、ヒントを請求すべきか、どうかを考えるべきだ。


 無論、やるべき事は理解している。目の前の宅配会社に突撃して情報を集める。それは分かってはいるが、なにを聞けばいいのかが分からない。つまり、聞き込みで、どんな情報を集めるべきなのかが分からないわけだ。うむむ。困ったぞ。


 ただ、こんなところで無為にヒントを消費してしまってもいいものか? うむむ。


 うむむ。


「うむむ、うむむ、言ってっても事態は前に進まないわさ」


 ……ヒントを聞いておきな。ケンダマン。


 親切心で言ってるだからさ。なあ、なあ。


 と意味ありげにも青いキャップのつばを触って笑うハウ。


 てかさ。


 うむむに引っかかるなよ。どうでもいい事なんだからな。


 うむむ。


「また言ってるわさ。もしかして口癖になっちゃったの? ケンダマン」


 うっさいわ。だからな。


 うむ、ここはノーヒントで行く。これは僕のプライドの問題だ。矜持というヤツ。


 ここまで、どうでもいい事で馬鹿にされたら、意地にもなる。矜持はあるのだと。


 格子模様のニットベストから、はみ出ているネクタイの位置を静かに直し考える。


 うむっ!


 ホワイの言葉で一正とトラック運転手に面識があったかもしれないと気づけたんだ。だったら、この先とて、何らかの打開策が思い浮かぶ。なんの根拠も無いが、それでも僕にだって推理というものが分かってきた〔つもりだ〕。それは間違いない。


 心を新たにして目を閉じてから考える。思考する。思惟を繰り広げる。


 うむむ。


 あれ、本当に口癖になっちゃったのかな。このうむむってやつ。違う。


 どうでもいい。そんな事はどうでもいい。


 ホワイから耳打ちをされたフーが、黒い革のジャケットの裾を正して姿勢を正す。


 ネクタイを直した僕への当て付けなのか?


 立ち姿も優美なフーがゆるっと口を開く。


 ヒントなしで頑張るわけですね。山口君。


「よろしい。それも、また面白い。フムッ」


 当のホワイはフーに続けとばかりに、こう言い放ってから静かに笑む。


「というか、先ほどのヤマケンさんの思索は暴走上等な狼がコーナーに突っ込んでエンストした後、ドリフト成功なんて親指を立てているようなものなのですが……」


 このあとスピンもしない事を祈りますわ。


 うむむ。


 なんだかホワイに馬鹿にされたような気にもなるが、まあ、この際、無視しよう。


 さてと。


 ここで、なにを聞くべきなのかだったな。


 まず、先ほどの一正とトラック運転手が知り合いであった事が正解だと仮定する。


 その上で知りたいと思える事とはなにか?


 それはトラック運転手がカネに困っていなかったかという事だ。つまり、カネに困っていて買収する余地があれば、仮定は、充分にあり得る可能性となる。もちろんカネ以外でも縛る事は可能なのだが、他人を縛れるだけの要素が僕には思いつかない。


 だったら今は思いつく限りでの可能性を探るべきなのではないのかと。


 そう思ってしまうのだ。


 無論、もし、別の要素でトラック運転手を縛っていたとしても、それは、後々、明らかになった時点で考慮に入れれば良い事。現時点でカネの可能性を探るのは決して悪手ではないはず。少なくとも自分が罪を被ってもいいとさえ思えるのは……、


 やはり、カネしかない。


 そうとしか、思えない。


 現時点での僕には、だ。


 うむむ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る