#07 どうだっていい事
僕は、遂にアレを出す。
タバコだ。ここは大事な正念場だと、だ。
気持ちを切り替えて心の中で覚悟を決める為、タバコをくわえてから火をつける。
ひと吸いして煙を口から吐き出してから空へと淡くも消えてゆく紫煙を目で追う。
端から見ればどうでもいい下らない行為。
それでも僕にとって重要な儀式的なもの。
頭が冴えてくる。目が覚める。意識が覚醒する。顔つきが精悍になるのが分かる。無論、タバコに、そんな力はない。すわ勘違いでしかないのだが、それでも心はクリアになり、覚悟という文字が脳内にハッキリと浮かび上がり、気持ちが上を向く。
よしっ!
戦闘準備は完了した。山口堅太、推して参るッ、出撃ッ!
「あれ?」
ハウが茶化す為に笑う。
てか、邪魔をするなッ!
人の覚悟をさ。頼むよ。
「ケンダマンってタバコなんて吸ってたっけか? しかもLARK12のロング?」
よく銘柄まで分かるな。
ちょっとだけ感心する。
でも、どうでもいいぞ。
「それって凄くキツいやつだよね。ロングだから吸いきるまで長いし、もしかしてヘビースモーカーなんて言わないよね。今まで、ずっと我慢してきたって感じでさ」
と嫌悪感をありありと露わにして、顎の下へ右のひら、そして舌をげぇっと出す。
いや、銘柄を知っていたのは逆の理由か。つまりタバコが嫌いすぎて気になるといったやつだろう。まあ、だからと言って吸うのを止めるほどヘタレではない。むしろ今まで馬鹿にされた、お礼だとばかりに顔に煙を吹き付けてやりたいくらいだ。
というかタバコが嫌いなハウにとっては、どうでもいい事だったのかもしれない。
僕がタバコを吸ったという行為は。でも僕には大事だったんだ。馬鹿にするなッ!
と思った時、朝、一人で考えた事が頭の中で復唱される。
名探偵の名言だとばかりに独り言でつぶやいた、アレが。
どうだっていい事なんて何一つないんですよ、というポアロのアレだ。
でもな。
実際、どうだっていい事はある。さっきから、どうでもいい事ばかりだしな。今、頭に浮かんだ名探偵の名台詞なフレーズだって、どうだっていい。むしろ、どうでもいい事が何一つ無いとするならば脳は許容量オーヴァーで熱暴走一直線だろうが。
どうでもいいものと大事なものを海馬が仕分けをして記憶が作られているんだよ。
「ふふふ」
とホワイが平仮名で優雅にも笑っている。
多分、また僕の心を読んでのイヤミだな。
分かってしまうのが、余計に小憎らしい。
「どうだっていい事は何一つ無い。灰色領域に関わる名言です。もし許容量オーバーで熱暴走するのならば、それは単純に脳が容量不足なのだというだけの話ですわ」
ちろちろと出した小さな赤い舌で、右人差し指を、ねっとりと舐めたあと微笑む。
チュパ。
と……。
エロい。
エロスを感じてしまう。
ああッ、どうでもいい。どうだっていい。
オーヴァーをオーバーへと換えてくる辺りイヤミのレベルが高いなとしか思えん。
というか、一向に話が前に進まない。もはや、こいつらの事を考えるのは後だ。この際、どうでもいい発言達をオール・スルーして、とっとと聞き込みに行こう。トラック運転手がカネに困っていなかったか、この一点に集中して情報を集めよう。
参るッ!
と僕は耳に空気で作ったエア耳栓を付けて、奴らの全てを無に帰した。
そして、一歩を踏み出して宅配会社へと足を踏み入れた。
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