#05 奈緒子の為

「暴走りの勝負の果て、どっちかが事故ろうが、愛機が廃車になろうと、そんな事は知ったこっちゃねぇんだよ? 負けられないからこそ知ったこっちゃねぇんだ」


 それこそが、暴走りの勝負ってやつだ。


 秀也は晴れた冬の空を見上げて嗤った。


 まあ、プライドの問題なんだろう。少なくとも、そう理解できた。この僕にはだ。


 つまり、


 要約すると。秀也は一正にレース紛いの勝負を挑まれた。その時、テクニックが劣ったのか、或いは、不運に見舞われたのかで一正は事故った。それを秀也的に言わせれば一正は暴走りの勝負で負けた、負けたからこそ一正の愛車が廃車になった。


 という事なんだろう。


 うむむ。


 暴走族が理解できていない僕にとって雲上の理論過ぎて〔※雲上の理論なんて言葉はないが、雰囲気で察して欲しい〕、机上の空論さえも超えるように聞こえる。秀也は机の上で考えるなんて事はしないだろうから、これも、また雰囲気で頼む。


 まあ、でも、これでは言質として弱い。


 ハッキリと一正の愛車を事故らせたと聞いたわけじゃない。


 単なる暴走族理論を聞いただけで、それこそ雰囲気で一正が事故らされたと感じれただけの事だ。ただし、ここで言質を取ろうと混ぜ返してみても後が怖い。むしろ、今は、自分は強いという雰囲気に酔っている秀也の気分を損ねるべきではない。


 それに、


 僕も推理をしているのだという姿勢をフーに魅せるという当初の目的は果たしな。


「なるほど。分かりました。ありがとう」


 と僕が大役を果たしたとばかりに大きなため息を一つ吐く。


 その息が抜けるのと同時に無駄に在った肩の力も抜けゆく。


「ただな」


 うおっ。


 まだ続くのか。野々村秀也劇場が……。


 いや、むしろ言質を取るには好都合か。


「奈緒子に近づく男どもに酷い事もしたさ。苛烈なんて言われるような暴力もふるった。だから、あいつは暴走りに訴えたんだろうな。勝てないって分かってて」


 あいつとは、すなわち川村一正だろう。


「でも、全部、奈緒子の為だったんだよ」


 秀也は目を細めて流れる雲を見つめる。


 そうか。やっぱりな。ここでも奈緒子の為に落ち着くのか。


 うんっ。


 僕はメモ帳を閉じてボールペンと一緒にポケットにしまう。


 現段階で、もう、これ以上、秀也から聞き出す事は不可能だと思えたからこそだ。


 相変わらず、フーを始めハウにホワイは遠巻きに見ているだけで動こうとしない。


 まあ、でも、あらかたの事情は掴めた。


 ヒントの請求もしていないし、この場だけは僕の勝ちなんだろう。僕も、また秀也に倣って流れる雲を見上げる。そうして緊張感を解く為に大きな息を吐く。素人の僕でも、ここまで出来たんだとさえ感じて自分で自分を褒めてみたりもした。


 案の定、


「コラ!」


 秀也の父親であろうか、寿司屋の中から強く乱れ飛んだ怒号が辺り一面に拡がる。


「ボンクラ、いつまで油売ってんだッ。この忙しい時間によ」


 秀也がヤベぇっとばかりきびすを返す。


「……ってわけだ。わりいな。俺が、話せるのはここまでだ」


 と右手を顔の前で立てて僕らをおがんでから帰って行った。

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