#05 エチュード
「もしかしてだけど……、ブラウン?」
フーの両肩に置いた手で、中空に身を置くハウが、足を前後に、ぶらぶらと振る。
彼女なりに車種をも特定したようだ。
「しかも黒塗りだったりして。違う?」
まるで、いたずらを思いついて実行している子供のように笑う。
対して、
一正は、
一瞬、困ったように両眉尻と右口角を下げてから質問に答える。
「まあ、そんな事はどうでもいいじゃないですか。ボクの親父の車の話なんかしても楽しくないですよ。それよりもヴィアッドについて聞きたいんですが……」
と話をはぐらかしてから、話題をヴィアッドへと、すり替える。
そうして、また彼らは、自分たちの車自慢で盛り上がり始めた。
いまだ輪に入れないでいる僕は、この際にと推理へと思考を向けた。空を見上げる。すでに飛行機の姿はなく飛行機雲もない。だからこそ冬の乾いた空に、ぽっかりと浮かぶ白い雲と温かい日差しをプレゼントしてくれる太陽が在るのみ。
さてと。
安全ピンには、一体、どんな意味が?
と、ようやく落ち着いて差異についてに思考を移す事ができた。
そうなのだ。どう考えてもシートベルトについていた安全ピンは異質だとしか思えない。あれだけ車内が綺麗に片付いていた上にカー用品でデコレートされていたにも拘わらず、調度を破壊するような安全ピンは邪魔者以外のなにものでもない。
車に拘りを持っている彼だからこそ、余計に、そう思えるのだ。
では安全ピンの意味は?
と、改めて思惟に耽る。
ここで、この世に溢れる数多の推理もののお話ならば、ある種の閃きが、天から降りてきて何らかのヒントや解答が得られるのだろう。しかし、僕という現実は、お話などではないから、やはりと言うべきかだろうか、いや、やはりというべきで、
解答らしきものの欠片や尻尾ですらも、皆目見当がつかなった。
分からないからこそ、安全ピンの意味については、とりあえず置いておく。置いておいてから、じゃ、この先の捜査は、どう進めるかというベクトルへと思考を向ける。しかし、指針を、どうするのかを考える事ですら僕にとっては無理難題なのだ。
一切、なんら手がない。
いつの間にか隣にフーが立っている。木の枝からカワラヒワが飛び立つ。キリリリという軽やかな鳴き声を一つあげて。静かな空にエチュードが響き飛ぶ。フーは、そんな小鳥の鳴き声を存分に愉しんだあとに、ゆっくりと告げる。小さな声で。
「フム。いくら待っても次の行動を指示されないところをみると、どうやら手詰まりのようですね。そうですね。では、こういったのはどうでしょうか、山口君?」
おや? ヒント請求をしなくても捜査が進むべき道を教えてくれるのか、珍しい。
このあと槍が降ってこないだろうな?
ファフロツキーズ現象ってやつだな。
いわゆる怪雨ってやつ。
とアホな事を考えていた僕に冷水が浴びせられる。
フムッ。
「ここでヒントの請求をしてみてはどうでしょう?」
にっこりと笑む、フー。
マジか。
ヒントの請求なしで、何かを教えてくれるかと思ったら甘かった。僕が甘かった。
甘すぎた。クソッタレ。
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