#04 左右

「そうそう、あちらは?」


 僕が頭を下げたあと軽く肩を3回叩いて輪に戻っていったフー。


 そののち、また幾分かの時、車談義で盛り上がってから彼は気づいたように言う。


 とぼけた感じを演出し、それを醸し出しているのが、厭らしい。


 ワポンRがある車庫の左右両隣には、もう一台分ずつ、シャッター付きの車庫がある。それらの車庫は両方ともにシャッターが閉まっている。中に、どんな車が停まっているのかは分からない。それでも、もう二台、別の車があるのだろうか。


 僕にも、そう思えるが。


「ああ、左の車庫は空きで右の車庫は親父の車が停まっています」


 と一正が後ろ頭をかく。


 車談義に水が差される。


 会話に間ができて止まる。今まで和やかに進んでいた場に暗い影が差して暗転する。輪には入れなかった僕は思った。一正にとって、あまり触れて欲しくなかった事なんだろうな、という他人事な感想を。実は、これが重要であったにもかかわらず。


 そして、


 それでも、たとえ僕がどんな感想を持とうとも、フーは、しれっとなに事もなかったよう質問を続ける。まるで、感情を持たないAIのように無遠慮にも疑問をぶつける。遠巻きに見ている、こちらが焦ってしまうのも、またお構いなしにだ。


「ほう。一台は空きなのですか。それは何故です?」


 静かに微笑みながらも。


 すでに安定の厭らしさ。


 対して、


 一正は笑って誤魔化す。


「ハハハ。勘弁して下さい。空いている理由は、あまり思い出したくないんですよ」


「フムッ」


 とだけ息継ぎをして、さらに傍若無人にも続ける。


「そうですか。それは事故などが原因で車が廃車になったからなのでしょうか。いえね。ここに、わだちがありますから、最近まで車が出入りしていたのではとね」


 フーが、左の車庫の前に残されていた車輪の跡を指さして言う。


「アハハ。敵わないな、探偵さんには」


 一正は大げさに大声で笑ってみせる。


 天を仰いで、右手のひらで目を覆う。


 というか、フーは、いつの間にか、一正に探偵だという事を明かしていたようだ。


「お察しの通りです。事故で一台、廃車にしてしまいました。もちろん大事にしていたんですが、事故だけは、どうにもならなかった。だから今は空きなんですよ」


 嫌な事を思いだしたのか、苦笑する。


 あれっ? と微妙な違和感を感じる。


 なにかは分からないが、僕の心のひだには何かが引っかかった。


「フムッ」


 フーはあごを右手でゆっくり撫でる。


 そんなフーの両肩に両手を、それぞれ乗せてフーの頭上から、ハウの顔が現れる。


 ひょこっという音が似合いそうなイキオイで、いたずらっ子っぽい笑顔が現れる。


「てかッ」


 と、こちらも不躾に質問を浴びせる。


「逆にさ」


 一正は黙ったままで笑みをたたえる。


「右の車庫には、どんな車が停まってるのさ。もしかして高級車って事はないよね」


 右の車庫には父親の車が停まっていると言っていた。見た目でハタチ前後の一正の父親の車であるから、ある程度、落ち着いた車種だと予測できる。そういった意味での今し方のハウの発言なのだろう。まあ、高級車かどうかは別にしてもだ。


 声を出し笑い出す一正。


 アハハ。


「あえて言うほどのもんじゃないですよ。大した事ないどこにでもある大衆車です」


 一正は、


 お茶を濁すようにハウの質問を躱す。

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