#06 アオリ

 ……、一切動かない。


 微動だにしない。声も発さない。沈黙が、辺りを支配する。


 しばらく様子を見る。


 いまだ、


 誰も動き出さない。一切。時が止まってしまったかのよう。


 下剤を混ぜられ、お腹がピンチになってから、いくらかの時が経った。腹の調子も戻ってきて平穏が訪れた。ホッと息をついたのも、つかの間。推理ゲームを始めましょうか、と言った張本人であるフーですら、黙ったまま、決して動こうとしない。


 ハウは後ろ頭に手を回して天井を見つめて遠い目で惚ける。


 お得意の口笛さえも、今は封印されたままだ。


 ホワイは目を閉じて石像のよう固まっている。


「あのう」


 と間の抜けた調子で彼らに問う。


「フーさん。推理ゲームでも、なんでもいいですから、ともかく捜査を進めましょうよ。なにから始めます? 森本奈緒子の父親も早期の解決を願っていますから」


 急かす。


 急かしてみてから指示をあおぐ。


 それでも彼らは、まったく動こうともしない。


 それどころか、言葉を発する事すらも拒絶して拒否しているかのようにも見える。


 店内が別次元に迷い込んだよう場が凍ってしまう。沈黙と不動が、にやつき居座る。あざ嗤う歪んだ時空に在って理の中心に置かれた君という柱時計だけが時を動かせるのだと主張するかのようなフーの笑み。なんだか分からない。眉をしかめる。


 意味が、分からない。


 意味が分からないから、僕も動けないでいる。


 5分ほど凍りついた時を、さ迷った挙げ句に、また間の抜けた調子で問いかける。


「黙ってちゃ分かりませんよ。とにかく時間がもったいない。捜査を始めましょう」


 静まり返った場に僕の声が、虚しく木霊する。ぴりりっと張り詰めた冷たい空気が充満した、今ある空間に、いくらかの緊張感を覚える。また何も応えてくれないのかと肩を落としかけた時、おもむろにフーが口を開く。ゆっくりと、確かにも。


「フムッ」


 僕は大きく安堵のため息を吐く。やっとかと。


「山口君、まず、なにをするのかを聞きたいと、そういうわけですね。つまりヒントの請求という事でよろしいでしょうか? よろしければヒント料をどうぞ」


「……ッ」


 絶句ッ!


 ようやく、今までの沈黙の意味が理解できた。


 誰もが動き出さない事の意味が理解できた。奴らは僕が動き出すのを待っていた。僕に推理をさせ、捜査を進ませる為、敢えて黙って固まっていたのだ。あくまで今回のリーダーは僕だと言いたいわけだ。また、お腹が痛くなってきた。きゅるると。


 今度は、下剤のせいじゃないぞ。


「今のは、ヒ、ヒントの請求じゃない。ヒントは待ってくれ」


 お腹というよりも胃がキリキリと痛むからだ。


 マジか。


 これは、


 もはや、


 僕と灰色探偵ダニットとの戦争。


 そういう事か。クソ。危うくも限られたヒントを無駄に消費してしまう所だった。


 両手のひらを使って両頬を叩く。


 たるんでいた心持ちを切換える。


「うん。分かったよ。でも、とにかく真相を知りたい。知る必要がある。その為にはフーさん達を利用してでも、たどり着かなくてはならない。真相に。どうやら……」


 覚悟が足らなかったようだ。といった心を隠しつつ気持ちを新たに前を見据える。


 キッと。


 フムッ。


「山口君、その心意気や良しです。娯楽は真剣に興じてこそ愉しめるものですから」


 僕の心は燃え上がる。


 別にフーから真剣にと言われたからではない。無論、奈緒子の父親から懇願されて真相を究明する責任を背負っているからでもない。単純に。そう。単純に推理ゲームというものに今一度、興味が湧き、彼らに勝ちたいと心底から願ったからだ。


 面白い。


 やってやろうじゃないかという気持ちに後押しされたのだ。

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