#06 犯人

 …――犯人は川村一正君でございます。


 いきなり、ズバッと抉るよう言われた。


 まるで、


 真剣で心を真ん中から、ばっさりと真っ二つにされたようにも感じた。


 そののち、辺り一面に流れる長い沈黙。


 ごくりと息を飲んで食べ始めたサラダの野菜にフォークを突き刺したまま固まる。


 ひょいっとプチトマトをつまみ上げたハウも無言で、赤いトマトを口に放り込む。


 もぐもぐといった感じでトマトを咀嚼するハウの隣でホワイが目を閉じて微笑む。


 なにも言えない。まったく、動けない。


 あまりに唐突で核心を突いた発言であったからこそ対応に困ってしまう。なぜ、川村一正が犯人なのか? という根源的で、ごく当たり前の疑問すら口にできない。いや、対応に困ってしまったから二の句を失ったというのは正確ではない。


 すなわち、しゃべるなという圧倒的な重圧を頭上から落とされてしまったからだ。


 いわゆる無言のプレッシャーが、両肩へと、のしかかっているわけだ。


 敢えてなのだろうか。


 それは。


 野菜に刺していたフォークの先をククッと上にあげて、隣にある人参と思しき野菜に、再び、突き刺す。僕の思考の中では、人参が、まるでマンドレイクになってしまったがごとく突き刺された痛みで痛烈なる叫び声をあげている。耳をつんざく。


 あり得ない程のプレッシャーに晒され疲れた心により大きなため息を吐かされる。


 ハァハァと息が荒ぐ。


「か、川村一正が……」


 ようやく、口から出た言葉は、とても間の抜けたものでフーの言葉をオウム返し。


「フム。その通り。簡単な推理です。今、君から聞いた事件の概要から推察できる犯人は川村一正君でしかいないという事です。消去法というのを、ご存知か?」


 一旦、沈黙が破られると、せきを切ったように辺りが会話で埋め尽くされ始める。


「……消去法ですか?」


 これでも、僕は、一応、ライターであるから、ある程度の知識は在る。


 消去法とは、確か、多様な選択肢がある場合〔※今回の事件では川村一正と野々村秀也といったところか〕、可能性の低いものから順次、消していき、最後に残ったものを選ぶ方法だったはずだ。つまり野々村秀也が殺した可能性は低いという事か。


 目を閉じて笑むフー。


 フムッ。


「その顔は、消去法の説明は不要といったところでしょうか。よろしい」


 では続けましょうか。


「そう。君からの情報を統合をすれば秀也君には奈緒子君を殺す事はできないという結論が出る。しかし、川村一正君ならば殺せる。であるならば答えは一つです」


 僕は人参に刺さっていたフォークを抜いて今度は、しゃきしゃきのレタスに刺す。


 言っている意味は分かるが、重要な事が抜けている為に決して納得には至らない。


「秀也に殺せないのは分かった。多分だけど殺せない確固たる事由があるんだろう」


 その理由をここで聞く事に意味はない。


 僕は犯人だと言われた一正ではない。だからこそ殺せない理由を知ったところで、ああ、そうかと納得する以外に意味はない。それよりも、なぜ川村一正だと殺せるのかという理由を聞く方が重要で、かつ100倍以上、有益だろう。


 いや、それも単なる消去法で残ったのが一正だったという話なのかもしれないが。


 うむむ。

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