#07 ふわふわ

 一通り閉店の作業が終わったのか、フーはシャッターを閉めてタオルを手に取る。


 キッチンに戻り、手を洗って手を拭く。


 そののちキッチンに残ってから、珈琲を淹れ、なにやら作り始めた。


「……山口君、お腹は空いていますか?」


「あっ、はい。昼から何も食べていないので、結構、空いていますね」


 ……フム、そうですか。


 フーが僕に目配せをしてウィンクする。


「少々、お待ち下さい。今、軽くでも食べられるものを作りますから」


 一旦、場の空気が緩み沈黙がしずしずと入場してくる。


 誰もしゃべらず、フーの所作から発せられる音だけが、辺りに響く。


 その沈黙を破ったのもまたフーだった。


「さてと」


 一杯の珈琲を手に持って、戻ってくる。


「フム。珈琲ばかりで大変申し訳ないのですが、どうぞ」


 ふわっと香る芳ばしい香りは相変わらずで、何杯でも飲めるような気にさえなる。


 僕は、ある程度、薫りを愉しんだあとカップを手に取り、こくりっと喉を鳴らす。


 うむむ。


 騙されてばかりで悔しいのに加えて、ここの珈琲の美味さは有無を言わさないほど絶品過ぎて更に悔しくなる。僕はハァと、大きなため息を吐き、心を落ち着ける。隣のテーブルにはハウとホワイが向かい合って座っており、ニコニコと笑んでいる。


「空きっ腹に、いきなり食べ物を入れても胃がビックリしますからね。まずは珈琲を飲んで気持ちを落ち着けて下さい。遅れて、軽く食べられるものを持っていきます」


 珈琲も絶品なのだが、この気遣いもまた優しく嬉しい。


 このふわふわという喫茶店が、ファンシーでなければ常連になってしまいそうだ。


「フム。では、とりあえず、依頼料を先に支払って頂きたいのですが」


 常連云々と考えていたホワホワ頭にいきなり現実を突きつけられる。


 えっと。


 ちょっと待ってくれよ。


 出し抜けに依頼料の話をされて戸惑う。


 もちろん30万円という金額に納得していないのではない。それどころか、被害者の父親からは80万円が妥当だと言われ、その金額を預かってきている。だからこそ僕や被害者の父親にとって30万円は破格の安さなわけだ。では……、


 一体、何に戸惑ったのかと問われれば、


 まず、依頼料を受けとる前に事件の概要や被疑者の有無の人間相関などは聞かなくてもいいのかと不思議に思ったのだ。無論、それらの情報によって僕が依頼する事件の難易度が分かる。言うまでもないが、探偵に事件解決を依頼するという事は……、


 今回の事件の難易度は果てしなく高い。


 端的に言ってしまえば、警察が事故として処理してしまった事件だから事故という事実を覆すところから始めなくてはならない。無論、日本の警察は飛び抜けて優秀であるから、事故という事実を覆す事すら常人には不可能とさえ言えるだろう。


 なにが言いたいのかと言えば、つまり、


 どんな事件かも聞かずに解決を請け負うというのは(※しかも、僕たちが考えていた依頼料よりも破格の安さでだ)、自殺行為にも思えるのだ。それとも、なにか、どんな事件だろうとも解決できるという不遜ともいえる自信があるのだろうか?


「不遜とは、心外ですわ」


 うおっ。


 また心を読まれたのか。


 ドキッとして思わずホワイを見つめる。

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