#03 フー・ダニット
だから、
えっとってなんだよ?
「名前、あんたの名前、まだ聞いてない。名前、教えて」
と、ぶっきらぼうにもハウが言い放つ。
ああ、名前か。僕の知人は依頼人としての僕の名前すらフー達に伝えてないのか?
いや、今は、そんな事はどうでもいい。
「山口。山口堅太だよ」
……今更感が半端なく間抜けに思える。
「なるほど。堅太ね。とりあえずケンダマンでいいかな」
ハウはカラカラと大口を開けて笑いながら柏手を打つ。
ケ、ケンダマンってなんだよ。まあ、でも、拘っても格好悪いしな。いっか……。
適当を絵に描いた女子高生が言う事だしな。仕方ない。
「いえ、ヤマケンさん。その方が分かりやすいですしね」
ホワイがしずしずとしながらも、しっかりと言い放つ。
ペコリとお辞儀を挟むのが小憎らしい。
「いやいや、ケンダマンが断然良いしょ。姉貴、センスなし。ブッブー」
また睨み合い始めた。
おいおい、ちょっと待て。今、怒られたばかりでしょ?
懲りないなこの2人。
「やれやれ、絵を描いたのは、わたくしで、心理誘導を加えたのがホワイ。加えて最後の最後までオチを悟らせないようなトリックを仕込んだのがハウでしょうが」
とフーが両手(もろて)を挙げ呆れる。
「はい、そうですわ。お父様。やはり、華麗なる心理誘導が、決め手ですわよね?」
珍しく元気一杯にも右手を挙げて褒めて欲しいとアピールするホワイ。
方や、納得できないとばかりに憮然とした表情のハウ。
「違うよ」
……だから今、一体、僕の前で何が起こっているんだ?
説明を頼む。もう本当に色々。心が持たない。体力も。
「真相を隠すトリック的な味付けが……」
ハウが鼻の穴を膨らませて自慢気にちんまい胸を張る。
「もう止めなさい。話が一向に前に進みません。心理誘導もトリック的な味付けも、どちらも絶妙です。だか、それよりも重要なのは山口君が騙されたという事」
心理誘導とトリック的味付けを褒められて目を輝かせ花が咲くようにも笑う2人。
うんうん。ハウもホワイもフーに褒められたくて仕方がないだろうな。
まだまだお子様だな。
って騙されたってッ?
一体なんだ、それは。僕は、今、なにか騙されたのか?
目を皿のようにして間抜け面を晒す僕にハウが答える。
右人差し指をこちらに向けて、ずいっと指差してくる。
彼女の意思が強うそうな指先が鼻頭に触れそう距離だ。
横で静かに佇むホワイと相変わらず柔和な笑顔のフー。
「あれぇ? 驚いたって顔してるね。そうだよ。今の死ねとか逝きなさいって喧嘩はね。パパが書いたシナリオでのあたし達の演劇だったのよ。下らない茶番だね」
ええっ!
「でも、これで、あたし達の事、よく分かったでしょ。このシナリオは毎回、違うけど、どれもあたし達がどんな人間なのかを知らしめるものなんよね。アハッ!」
と満面の笑顔のハウに、もう言葉ない。
いや、なにも言うべき事が、ないのだ。
完璧すぎて。なにもかもがだ。くそが。
「今回の寸劇でヤマケンさんにも、大方、私達という人間が掴めたのではと思います。ただ、念の為に言っておきますが、私は極力、感情的にはなりません。ホホホ」
いやいや、感情的にならないとか、もうどっちでもいいよ、そんな事。
そんな事よりも、あの喧嘩は始めから仕組まれたもので、あの仁王なフーも演技でしかなかったのか。というか、オスカーでの主演女優賞や男優賞を受賞できる勢いだぞ。全然、分からなかった。というか、また騙されたって気分になってきた。
本当に心底、人が悪すぎる、こいつら。
「ケンダマン、ケンダマン、ケンダマン」
「ヤマケンさんですわ」
というかもはやケンダマンやヤマケンという問題などはどうでもいい。
どうとでも好きに呼んでくれって感じだぞ。真面目に。
「まあ、そういうわけなので、君が依頼する事件が解決するまでの短い間の付き合いですが、この子たち共々、どうか、わたくし達を宜しくお願い致しますよ。フム」
正直、最後まで……、最後まで僕の体力と精神力が持つのかそれが心配になった。
「まあ、気楽に行こうぜぇ、ケンダマン」
馴れ馴れしく肩に手を回してくるハウ。
対して、
またペコッと、一つ可愛らしくも可憐な、お辞儀を挟み告げるホワイ。
「そうです、ヤマケンさん、先は長いのですよ。いえ、短いのでしたか、お父様?」
と振られたフーは、苦笑いをしていた。
「だからケンダマンだってッ! 姉貴ッ」
「ヤマケンさんでしてよ? お分かり?」
もうどうでもいい、本当にさ。アハハ。
笑うしかないってのは、間違いなく、今だ。うん。そう本当に思うぞ。
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