Chapter02 ダニット

#01 ハウ

12月19日 午後6時52分。


「ホワ、アチョッ!!」


 甲高い声を張り上げ耳をつんざくハウ。


 い、いきなりなんだ。


 どうした、どうした?


 アホの子と紹介されたハウが、何らかの拳法の構えをとってから一つ蹴りを放つ。


 綺麗な弧を描いて上段から下段へと足裏が駆け抜ける。


 さながら半月を模した蹴りの軌道は武道の達人のそれ。


 なかなか様になっている。だが、あまりに唐突で、いきなり過ぎ、且つ、放った言葉が滑稽すぎて不覚にも声を出して笑ってしまう。そんな僕を見て調子に乗ったのか、更に追加と突きを放ち、そののち「アタッ!」などと言い放つ始末。アハハ。


 押忍ッ!


「武芸百般の心得あり」


 両拳を握って体の横で宜しくと広げる。


「まあ、あれだよ。あたしはケンシロウが強いか、それともハウちゃんの方が強いかってネットでも話題騒然でもない女子。そこんとこ、真面目によろしくッ!?」


 知らんわ。それこそ真面目に知らんわ。


「ぬうぅん。我が人生に一片の悔いなし」


 それ、ラオウだから。


 ラオウ。


 続いて、


 アホの子の行動を、とても冷たい目で見守っていたホワイが言い放つ。


「今はカモミールな気分ですわね。私はお花屋さんに勤める19歳。先ほども申しあげましたが動機解明を担当しておりまして人の心を読む事に長けております」


 少々説明くさいのが気になるがそれでも有無を言わさず聞かされるなにかがある。


 言葉に篭った力が在ると言えば的確か?


 そして、


 アホの子からスマホを取り上げて、すっと僕の目の前へと持ってくる。


 スマホには観察で得た情報を基に分析したのであろうか、あの焦ってイライラしていた僕の心の動きが事細かに書かれてあった。それは、もうヤバいくらいに詳細で、的を射たもので、背筋が凍り、寒気がしてしまうほど。この子、怖いぞと。


「ああ、これなんかが、面白いですわよ」


 と画面をスクロールさせて、ある一文を細く白い指先で可憐に指差す。


 どれだ?


 なんだ?


 女子高生な探偵とか思って妄想していますわ。もちろんハウも探偵ではあるので、あながち間違いではないのですが、脳みそがお花畑状態としか言えませんわね。なので、揺さぶりをかけてみて下さい、ハウ。一番、利く言葉は「バーカ」でしょうか。


 あ、あ、


 あ、あの心底ドキッとした言葉は……、眼前にいるホワイの差し金だったのかッ!


 それ以外も、これも面白いですわ、これもと、次々と魅せられたが、どれも僕の心をズバリと言い当てていた。なおかつ対処法が怖いくらいに冷酷で的確すぎ、もはや、目の前にいる貞淑を絵に描いたような女子には逆らうまいとしか思えなかった。


 ずっと静かに事の行方を見守っていたフーが割り込む。


 その柔和なるあの笑顔だけは崩さずに。


 それが余計に怖いんですけども。ハハ。


「まあ、あれですよ。ホワイが心を読めないのは、この世には、わたくしくらいしかいないと思いますよ。もちろんハウですら、いつも、やり込められていますからね」


 一方、フーはしれっと自分が凄いとアピールしているようにもとれる言葉を放つ。


 この、なんとも気色悪い感じが性悪たるゆえんなのか。


「てかさ」


 ハウは両手を拡げて何か握るように指をモミモミと忙しなく動かしてから続ける。


「トリック解明にはハウちゃん、絶対必要不可欠。絶対。いくら姉貴が心を読むのに長けていてもトリックが分からなければ犯人逮捕は絵に描いた餅。そうだよね?」


 だよねパパ。だよね?


「見苦しいですわよ、ハウ。いつも私に頭が上がらないのは間違いないんですから」


「いやいや、ハウちゃん、重要。重要過ぎるくらい重要」


 と、拳に蒼い気をまとい、こおおっと抜けるような音で呼吸を整える。


「姉貴、あたしって重要だよね? 回答次第ではこの拳をぶち込むぞぉ。アハッ!」


 け、喧嘩を始めたぞ。だ、大丈夫のか?

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