#08 ようやく

「もしかしてですが、あちらにおられる女性の2人組がフー・ダニットと、お考えですか? それは間違いです。いや、正確には間違いとは言い切れませんが……」


 …――それでもフー・ダニットとは別人です。


 と言いたげな視線に僕の四肢が絡め囚われる。


 う、動けない。動けない。僕の思考。思考ッ!


 くそっ。


 無理くりにも考えるしかないのか。つ、辛い。


 ぐおぉ。


 あの2人が別人ならば、彼は一体どこにいる?


 もう一度、明るい店をぐるりと見渡してみる。


 隠れやすそうな場所を精査してから、ここもあり得ないと視線を次々と移らせて店内ではないと判断する。ブラウン・マジェスカが停まっていた辺りの店外を見つめる。すでに車はなく、そこには落ち葉が虚しく舞っているだけであった。


 その落ち葉が風に翻弄されている様が、まさに今の僕の心情を、よく顕していた。


 彼は一体、一体……、


 一体どこにいるんだ?


「お分かりになりませんか? フー・ダニットがどこにいるのか。今も君の目の前に確かにいるのですがね。まあ、でも、とても彼らしい。灰色領域が好きな彼らしい」


 は、灰色領域だとッ?


 あの時間つぶしに読んでいた小説でも出てきた意味が不明な単語だ。


「まあ、彼とは言いましたがね、ほら、そこにいますよ。目の前です」


 あれ、ちょっと待て。


「も、もしかしてだが」


 僕は、ようやく言葉を出す事できて、信じられない結論を口にする。


「あなたが、探偵フー・ダニットなのですか?」


 マスター、あなたが。


 あなたこそが性悪探偵であるフー・ダニット。


「フム。ついに真相にたどり着いたようだ。そうですよ。わたくしこそが灰色探偵ダニットが一人、フー・ダニットでございます。……以後、お見知りおきを」


 と右腕をうやうやしく下腹辺りで平行にさせてペコリとお辞儀した。


 くそが。


 フハハ。


 マスターとして店に紛れ込んでいたなんて本当に人が悪い。あり得ない。アハハ。


 灰色領域か。確かにグレーなゾーンに隠れていやがった。この人は。


 思わず、口も悪くなってしまうさ。


 だってさ。待ち合わせだというから、てっきり、お客さんとして来るものかと考えていたらマスターが探偵だったというオチだ。完全に抜けていた。死角だ。人が悪すぎる。騙された。一杯食わされた。もう笑うしかない。ハハハ……。


「どもども、で、あたしがハウ・ダニットで、姉貴が……」


 と女子高生が敬礼をしながら、軽いノリで近づいてくる。


 ついで彼女の後ろ頭を小突くOLな女性も近寄ってくる。


「コラ、ハウ、私の自己紹介をあなたがしないで。私の見せ場でもあるんですから」


 可愛く頬を膨らませているのが、あざといとさえ思える。


「ごめんごめん、姉貴。ささ、どうぞ。ご十分に。ハハァ」


 女子高生は両手を挙げて前方へと上げ下げして平伏する。


 まるで、生贄を捧げて呪文を唱える、どこかの原住民だ。


 アハハ。


 どこまでもノリを大切にする軽くても面白いやつだなッ。


 OLな女性は口に手を充て咳払い。


「コホン。アホの子は放っておいて。そうです。私が灰色探偵ダニットが一員の動機担当のホワイ・ダニットと申します。お父様とアホの子共々、以後お見知りおきを」


 と、胸を張ってから通る美しい奏で己の自己紹介をした。


 僕は、もうすでに色々なリミッターをぶっちぎっていて、


 何を言われても笑うしかなかった。


 もはや、レッドゾーンなど生ぬるいとしか思えなかった。

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