#07 混乱
「そういえば、お客様は、待ち合わせをしていると仰っいましたよね」
あり得ない金額を請求されてしまって成すすべのない僕に言葉が投げかけられる。
頭の中は、札束に羽根が生えて天高く逃げていく映像でいっぱいになり一杯一杯。
ああ、どこにいくの?
なけなしの生活費よ。
そんな状況であるから思考が鈍ってしまい動かないのは当然と言えば当然なのだ。
無論、マスターが投げかけた言葉の意味が分からず、答えられない。
沈黙という墨が、僕とマスターというカンバスの中央に落ちてくる。
黒が拡がって、目の前が深く冷たい暗闇によって支配されてしまう。
「ああ、また固まっちゃった。本当に大丈夫?」
女子高生の野次が遠くで聞こえる。
OLは、静かに目を閉じて微笑む。
「まあ、信じて待ちましょう。ここまで粘ったのはとても久しぶりの事ですからね」
「どうなさいました?」
とマスターが続ける。
……ッ。
「誰かと待ち合わせで間違いないのですよね?」
僕は、答えられない。
「フム。もしかしたらですが、探偵さんとの待ち合わせでしょうか?」
マスターは、終始、ニコニコと太陽のように温かくも優しく微笑む。
それでも30万が頭に引っかかっていて、どうしても答えられない。
「仮にですよ。あくまで仮にですが」
……ッ。
「その探偵がフー・ダニットという名を名乗っているのであるのならば、その探偵はずっと君のそばで観察していた……、と言ったら、お客様は驚かれますか?」
な、なにを言い出すんだ、この人。
「ううん」
と女子高生が両手を拳にしてから顎のラインへと添えて目を細める。
「さすがッ。やり口があくどいわさ」
「やり口というよりも、ですわ。でも、あくどいは心外だって後から怒られますわよ、ハウ。というか、私達も同じようなものでしょ。同じ穴のムジナですわ」
右手を左口角の横で広げて立たせる。オホホ。
「あれれ? あれは? あれないの? 珍しい」
女子高生が、わざとらしく目を大きく見開きカラカラと笑い転げる。
「フフフ。ハウ、いくら、あたしでもそうそうあればかり添えません」
まるで心外だと言いたげにも見えてしまうのが、無性にも腹が立つ。
僕は、一旦、心を落ち着けて、今、僕に襲いかかった凶器とも思える(いや、狂気か)の言葉を整理してみる。やはり、フー・ダニットは僕が推理したようにどこかから僕を観察していた。無論、なにを観察していたのかは分からないが、それでも、
観察をしていた事は間違いがない。
だからこそ目の前にいるマスターがあんな事を言いだしたのだろう。
では、一体、彼はどこにいたんだ?
いや、彼だとは、まだ確定したわけではない。
ともすれば彼女なのかもしれない。
そうだ。
もしも、あの女たちがフー・ダニットならば確かに近くで観察していたのだろう。
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