#06 会計

 ムスリカが、失意と失望。分からない。


 やっぱり暗号なのか? 大体、ムスリカってなんだよ。言葉の意味が分からない。


 あの2人の間だけで通じるものなのか?


「なんだよ。そっちか。失意、失望ね。なるほど。でもライターも大した事ないな。人の心を考えるのが苦手な、あたしだって勝てそう。あんなんで大丈夫なのか?」


 一転して、これ見よがしにも大きな声。


 女子高生が、じっと僕を見つめて言う。


 今度はストローではなくグラスに直接、口をつけてクリームソーダーを飲みきる。


 そののち、まるで酒を飲み干したよう、ぷはっと豪快にグラスを机に叩きつける。


「不味い。もう一杯ッ」


「フフ。コラ、ハウ。不味いは失礼ですよ。美味しいでしょ?」


「ノリだよ。ノリッ! このノリ、分かんねぇかな、姉貴には」


 などと、のたまって二人はお互いの顔を見合わせて笑い合う。


 僕は、一連の流れの意味が分からず、唖然と見つめ続けたまま呆然と立ち尽くす。


 間違いなく彼女らに馬鹿にされているような気はするのだが。


「お客様」


 と唐突。


 固まってしまった僕に声がかけられる。


「お会計でしょうか? 今日は、もうお帰りになられるので?」


 この店のマスターだ。


 相変わらず柔和な笑顔で、心が急いた僕を安心させてくれる。


「あ、ああ。ごめん。どうやら待ちぼうけになってしまったようだ。今日はもう帰ろうと思う。また後日、改めて出直してくるよ。ごめん、会計を頼む。ハハハ」


 などと聞かれてもいない事を答えてしまってレシートを素早くマスターに手渡す。


 このあとトンデモない現実に遭遇する。


 騙された、と心底から痛感するような出来事が起こるわけだ。


 この、すぐ後に、だ。


 マスターがレジを軽快に操作して、会計を始める。


 チーンと鐘を鳴らすような音がして、僕を見つめるマスター。


「お客様のお会計……、しめて30万円となります」


 …――さ、30万円。


 だとッ!


 ここは、なにか、ぼったくりバーまがいの喫茶店なのかッ!!


 ファンシー喫茶、ぼったくり。なんだか、どこかに在る小説の題名な気もするぞ。


 相も変わらず温和で温かい笑顔を浮かべるマスターの顔つきが、逆に怖いすぎる。


 ぞぞっと背筋が凍る。


 珈琲一杯で30万円も請求する性根が、心底、心を冷やしてホラー映画から抜け出してきた一場面にさえ思える。笑顔に紛れた心が見えず、あまつさえ、ファンシーで若者受けする店構えで、ぼったくりを行う人間性が怖くて仕方がない。


 震えが、きてしまう。


 ぼったくりって、もっとこう、薄暗い地下や高層階で行われるものじゃないのか?


 それが、こんなにも明るく可愛らしい店で、ぼったくりだと。


 まるで、


 アイドルが愛嬌を振りまき歌っていたコンサートが終わったあと、実は、そのアイドルが怨霊だったと暴露されたみたいな感じか。無論、アイドルの幽霊は怨霊だから、あり得ないほど悲惨な死に方をして世を恨んでいるみないな、そんな感じだ。


 僕は、改めて、立ち尽くしてしまった。

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