#05 暗号

 …――結果、今、店内にいる客は3人。


 僕と女子高生とOL。


 今はこの3人だけだ。


 大きなため息を吐く。


 疲れで、ため息の色が白く霞んでいるようにも思えてしまう。


 後ろ頭に両手を回して椅子の背もたれへと身を預けて背伸び。


 あくびが出そうになって口を歪めてもみたが、無理やり口を閉じてから我慢する。


 女子高生とOLが探偵ではないと確定したが、いまだ、どこかに隠れて観察されているかもしれないと思うと、あくびは不味いと考えたのだ。にじんだ涙を右人差し指で拭ったあと、もう一度、伸びをしてみる。首を左右に傾げて目を閉じる。


 両肘を机につき手を広げ指を合わせる。


 腕時計を確認する。午後の6時24分。


 ……今日はもう来ないかもしれないな。


 観察されているにしろ、観察されているという事実が妄想だったにしろ、待ち合わせ時間から2時間半以上が経っているのだ。探偵側に、なんらかの理由ができて、ここに来られなくなったのかもしれない。うん。そうだな。しょうがないか。


 帰ろう。


 また、後日、日を改めて出直せばいい。


 この、どうにも居心地の悪い喫茶店で、長時間、粘ったのだ。


 たとえ観察されていたとしても、僕の本気は伝わったはずだ。


 家には溜まった仕事も残っているしな。そういえば締め切りが迫っている仕事もあったな。などと仕事を言い訳にして帰る事への正当化を図る。机の上に置かれた灰色をしたミニチュアのテトラポッドに挟まれた伝票を、すっと抜き、手に取る。


 先ほどサービスですと言われた珈琲が入ったカップを持ち上げて中身を飲み干す。


 そののち、のろのろとレジへと向かう。


 ああ、すごく疲れた。


 疲れた。


 ……無駄足になってしまったからこそ。


 レジへと向かう中、そんな事を考えた。


 と突然。


「まあ、ムスリカですね。そうは思わない、ハウ?」


「ムスリカ? あたし、姉貴ほど詳しくはないから、大体だけど、意味は分かるよ」


 あと少しでレジだという所で件の二人組が発した言葉。何気ない会話であるから気にするような事でもないのだが、言葉のあとに笑い声が重なった為、笑われたような気がしてしまい、はっとして視線を移す。多分、彼女らを睨んでしまった。


 しまったとも思うが、もう後の祭りだ。


「きゃ、睨まれたッ!」


 などと女子高生が面白そうにも、ころころと笑う。


「コラ、ハウ。はしたない。自重しなさい。フフフ」


 と言いつつOLな女性も口を抑え笑いをこらえる。


「てか、さっきのムスリカって滑稽ってやつだろ?」


 女子高生がクリームソーダーを、すすって続ける。


「残念。近いけど違うわ。まだまだ勉強不足、ハウ」


 いつの間にか頼んだのか目の前に置かれているオレンジティーに口をつけるOL。


 喉がコクっという小さな音を立ててから小首を傾げて微笑む。


「違ったのか? アハハ。それこそあたしが滑稽だ」


 対して、女子高生は腹を抱えて大口を開けて笑う。


 ……ムスリカ、滑稽?


 なにかの暗号なのか?


 やっぱり馬鹿にされているのか、僕は。


「正解は、失意、失望」


 とOLがオレンジの切れ端がさしてあるグラスを静かに置く。

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